第206話
文字数 687文字
スマホの画面に視線を落とすと、時刻は二十二時三十七分と表示されていた。夜になって多少涼しくなったとはいえやはり蒸し暑い。湿気を多量に含んだ生暖かい風が上茶谷の肌をじわりと撫でるようにして通り抜けていく。
疲れた。その言葉は好きじゃないから彼はできるだけ言わないようにしている。それでも疲れが体の内側にこびりついてとれない。引っ越しの作業は業者にやってもらう予定だから、それほど負担はないはずだった。それでも多少なりとも荷物を整理しなくてはならないし、仕事はかなり増えて忙しいのも疲れの原因だろう。
けれどそれ以上に上茶谷の心を削っていたのは、最後に話した時に見たまりあの泣きべそをかいた顔だった。ふとした瞬間に頭をよぎって上茶谷を思考停止させてしまう。彼は小さなため息をこぼす。もうすぐ家に着く。早く帰ってシャワーを浴びてそのまま寝てしまおう。そう考えて歩くスピードをあげる。アパートの前までくると、無意識にまりあの部屋に灯りがついている確認してしまう。見上げた部屋は暗かった。寝てしまうには早い時間だからまだ部屋に帰ってきていないのだろう。
(こんな時間まで、なにをしているのかしら。あの子ぼおっとしているから夜道は危ないのに)
そこまで考えて上茶谷は苦笑しながら首を振る。もうすぐここから離れまりあとの関係も希薄なものになる。夜道の心配は上茶谷がするのではなくあの男が気遣うべきことだ。彼はひとつ吐息をついたあと、気を取り直していつものとおり階段の下にある郵便ポストを確認する。それから二階にあがろうと階段に足をかけた時だった。まりあの声が不意に上茶谷の耳に入ってきた。
疲れた。その言葉は好きじゃないから彼はできるだけ言わないようにしている。それでも疲れが体の内側にこびりついてとれない。引っ越しの作業は業者にやってもらう予定だから、それほど負担はないはずだった。それでも多少なりとも荷物を整理しなくてはならないし、仕事はかなり増えて忙しいのも疲れの原因だろう。
けれどそれ以上に上茶谷の心を削っていたのは、最後に話した時に見たまりあの泣きべそをかいた顔だった。ふとした瞬間に頭をよぎって上茶谷を思考停止させてしまう。彼は小さなため息をこぼす。もうすぐ家に着く。早く帰ってシャワーを浴びてそのまま寝てしまおう。そう考えて歩くスピードをあげる。アパートの前までくると、無意識にまりあの部屋に灯りがついている確認してしまう。見上げた部屋は暗かった。寝てしまうには早い時間だからまだ部屋に帰ってきていないのだろう。
(こんな時間まで、なにをしているのかしら。あの子ぼおっとしているから夜道は危ないのに)
そこまで考えて上茶谷は苦笑しながら首を振る。もうすぐここから離れまりあとの関係も希薄なものになる。夜道の心配は上茶谷がするのではなくあの男が気遣うべきことだ。彼はひとつ吐息をついたあと、気を取り直していつものとおり階段の下にある郵便ポストを確認する。それから二階にあがろうと階段に足をかけた時だった。まりあの声が不意に上茶谷の耳に入ってきた。