第31話
文字数 731文字
「ああこれね、大丈夫だから。小さなアザみたいになったからね。お客様の手前ちょっと隠す意味で貼ってるだけ」
「あの、病院は……」
上茶谷は軽く首を振った。
「行くほどじゃないから平気。気にしないで」
そういいながらもよくよく上茶谷をみると、なんだか生気がない気がした。アパートの常夜灯に照らされているせいなのか、白い顔がいよいよ白く見える。
「……でも普段ならこの時間帯に帰ってこないですよね? やっぱり痛みがあるんじゃないですか」
水曜日の七時半。ネットでみた限り彼の予約はいっぱいだったはずだ。上茶谷と今の時間にばったり会うなんて具合が悪いとしか思えない。そう言い募るまりあに上茶谷は静かに首を振った。
「キズとは関係ないの。予約はたまたまキャンセルが入ってね。……色々立て込んで疲れちゃったからお店が閉まるまえに帰らせてもらっただけ」
そう言ってどこか遠くを見つめる上茶谷の横顔は、春の冷たい空気にそのまま溶けてしまいそうなほど儚げだった。その端正な横顔をみていたら、なぜか頭の中に浮かんできたものがあった。王子さまと結ばれない運命を悟り、海の泡となって消えてしまった人魚姫だ。絵本のなかの物憂げな表情をした美しい人魚姫と上茶谷がなぜかピタリと重なって、なんだかこのまま儚く消えてしまいそうな気がしたのだ。
(そんなのだめ!)
怪我をさせてしまったことへの負い目以上に、人魚姫を守らなくてはならないという、
「カミ、カミチャタニさん!」
「はい?」
まりあの剣幕に驚いたように上茶谷が瞳を見開いた。
「夕ご飯一緒にたべませんか?」
「夕ご飯……どこで何を?」
「えーと、……うちでうどんを。うどん、ご一緒にいかがですか?」
「あの、病院は……」
上茶谷は軽く首を振った。
「行くほどじゃないから平気。気にしないで」
そういいながらもよくよく上茶谷をみると、なんだか生気がない気がした。アパートの常夜灯に照らされているせいなのか、白い顔がいよいよ白く見える。
「……でも普段ならこの時間帯に帰ってこないですよね? やっぱり痛みがあるんじゃないですか」
水曜日の七時半。ネットでみた限り彼の予約はいっぱいだったはずだ。上茶谷と今の時間にばったり会うなんて具合が悪いとしか思えない。そう言い募るまりあに上茶谷は静かに首を振った。
「キズとは関係ないの。予約はたまたまキャンセルが入ってね。……色々立て込んで疲れちゃったからお店が閉まるまえに帰らせてもらっただけ」
そう言ってどこか遠くを見つめる上茶谷の横顔は、春の冷たい空気にそのまま溶けてしまいそうなほど儚げだった。その端正な横顔をみていたら、なぜか頭の中に浮かんできたものがあった。王子さまと結ばれない運命を悟り、海の泡となって消えてしまった人魚姫だ。絵本のなかの物憂げな表情をした美しい人魚姫と上茶谷がなぜかピタリと重なって、なんだかこのまま儚く消えてしまいそうな気がしたのだ。
(そんなのだめ!)
怪我をさせてしまったことへの負い目以上に、人魚姫を守らなくてはならないという、
謎の
使命感がまりあのなかでふつふつと湧き上がってきた。「カミ、カミチャタニさん!」
「はい?」
まりあの剣幕に驚いたように上茶谷が瞳を見開いた。
「夕ご飯一緒にたべませんか?」
「夕ご飯……どこで何を?」
「えーと、……うちでうどんを。うどん、ご一緒にいかがですか?」