第171話

文字数 613文字

“諦め”という雫が心のなかにぽとりと落ちて、波紋を広げていく。いつものことだと上茶谷は自分に言い聞かせる。自分が“普通”ではないと認めたあの時から諦めることには慣れている。

 まりあとの関係にはっきりとした限界が見えてしまう前に。今ここで、自分から潔く彼女の手を離すべきなのだ。まりあを泣かせてはいけない。彼女はいつも明るく笑っているべき人だから。
目の前にいる男なら、まりあのすべてを包み込み、彼女をずっと笑顔のままで、いさせてくれるだろう。忙しい仕事の合間をぬって、わざわざこの店にまで乗り込んでくるくらい、彼女のことを想っているのだ。

 多少口は悪いがまっすぐで真摯な人柄、頭の回転の速さは少し話をしただけで伝わってきた。まりあも前に言っていたではないか。自分には勿体ないような男だと。上茶谷は瞳を伏せていたが、小さな吐息をついたあと、ゆっくりと目を開けた。

「坂口さん」

 静かなのに、どこか深い響きのある上茶谷の声に、坂口はびっくりしたように、彼を見つめた。

「まりあはとても大事な

です。坂口さんのおっしゃる通り私は……女性を愛せない人間ですから。坂口さんが心配するような事はありません」

「え? でも……あれ?」

 坂口は動揺したように視線を揺らす。上茶谷はゆっくりと首を振った。

「だから振られちゃだめですよ。まりあのこと、よろしくお願いしますね」

 何かを決意した人特有の、どこか清々しささえ感じられる表情で上茶谷は微笑んだ。




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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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