第63話

文字数 790文字

「もう! 笑わないでくださいよ」

「ごめんなさい。真面目に聞こうとしていたんだけど、まりあらしいなって思ったらつい」

「ズルいなあ。そんなキレイな笑顔で言われたら、なんでも許したくなっちゃうじゃないですか」

 頬はふくらませているのに笑いながらそういうまりあに、上茶谷が穏やかにたずねる。

「その男の子と付き合わないの?」

 巣穴から外の世界を見上げたもぐらみたいに、目じゃない別の感覚器で何かを見るような瞳になって、まりあはぼそりと呟いた。

「うーん。多分ないかなあ……」

 そういって残りのビールを飲み干す。

「なんで? それともその男の子、微妙なの?」

 まりあはブンブンと首を振る。

「全然微妙じゃないです。性格はちょっと可愛くないところもありますけど、ウソはつかないし、顔も普通以上です。仕事もできるし話をしててもノリも合うし。年下なのがちょっとアレですけど……。でもまだ告白された訳でもないのに、もしかしたらこれが本気で誰かと付き合うラストチャンスかもしれない。そう思っちゃう自分もいましたよ。 他の女の子から彼の事が好きなんですって言われていたのも一瞬忘れて、彼と付き合っているところを想像したりもしました」

 そこまで聞いて上茶谷は状況をなんとなく飲み込めた。彼の好意に気づいていなかったのは、まりあだけだったのかもしれない。それに焦れた彼や、その彼を好きだという女の子が先回りをしたという構図だ。まりあは面倒見はいいけれど、自分のことになると疎いところがあるのかもしれない。上茶谷はそっと笑いを飲み込む。

「それならとりあえず試しに付き合ってみたらいいのに」

「うーん。多分ムリかなあ」

「どうしてムリなの? その女の子にクギを刺されたから?」

「それもありますけど……」

 まりあはアルコールで赤くなった目をこすって遠くを見つめた。少し酔った頭で一生懸命考えをまとめようとしているようだった。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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