第208話

文字数 601文字

 小さいくせに握ってくる手のひらの力が強い。驚いて上茶谷が振り返った。視界に入ったのは必死な表情をしたまりあだった。

「わたし、待ってたんです。ダイゴさんのこと」

 上茶谷は瞳を見開いてまりあをまじまじと見つめた。それからゆっくりと口元を緩める。

「待ち伏せが得意ね」

 口にだした言葉は皮肉のように聞こえたかもしれない。上茶谷は言った瞬間すぐに後悔する。まりあもほんの少し(ひる)んだような表情をみせたけれど、瞳を緩めて上茶谷に微笑みかけた。

「そうですね。……でもわたしが待ち伏せするのはダイゴさんだけですよ?」

 まっすぐな瞳で(てら)いもなくそう言うまりあに上茶谷は言葉を失ってしまう。こうやっていつも心を揺らされる。上茶谷は小さな吐息をついた。まりあは上茶谷の手首を掴む力を少し緩めたけれど、離すことはせずに掴んだまま言葉を続ける。

「わたし、ダイゴさんにお願いしたいことがあって」

 真剣に見つめてくる瞳。そうやって彼女に見つめられていると、上茶谷がよく知っている感覚が瞬き始める。とても大事に思っている人と心が繋がっている。そう思えている時はこの疼きは全身を甘く優しく覆っていく。けれどふたりの関係が破綻に向かうや否や、それらはあっという間に痛みに入れ替わり彼を苦しめるのだ。

 だから早くまりあの傍から離れなくてはいけない。これ以上特別な感情を彼女に持ってはいけない。そうわかっているのに上茶谷は動くことができない。

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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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