第257話

文字数 537文字

 銀座は人通りが多い。何度も人とぶつかりそうになったけれど、必死によけてまりあは走った。流れた涙も走った勢いでどこかに飛んでいってくれる。そんな自分の姿が滑稽に思えて、声までだして笑ってしまいそうになった。
 
 無防備に見てしまった上茶谷と上島の抱擁。最初は何が起きているのか理解できず、ただまりあの目に映っているだけだった。こちらを向いていた上島と目があった瞬間、染みがぽとんと落ちて広がるように、視覚からの情報が一気に脳に流れ込んできて、まりあは現実に引き戻された。

 上島はどこか遠くをみているような瞳をしていた。それがまりあの存在を認めた瞬間、緩んで微笑んだように見えた。まりあに対してマウントをとる類のものではなく、陶酔の余韻が笑みになって自然に溢れ落ちた。そんなふうに見えた。まだ勝ち誇ってくれたほうがマシだったかもしれない。まりあはたまらず視線を逸らし本能的に後ずさった。

 その時小さな植木鉢につまずいてバランスを崩し、尻もちをついてしまった。鉢から土や肥料が飛び出して力なく横たわっている観葉植物。ぼんやりみつめていたら、まるで自分みたいだと感じた。まりあは無意識に手を伸ばし、散らばった土や肥料をかき集め始めた。

(早く元に戻して、いつもの元気な姿にならないと)
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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