第227話

文字数 832文字

「早かったのね」

「学生時代の友達とふたりで飲むつもりだったんですけど、彼女都合が悪くなってしまって。延期になったんです」

 まりあは上茶谷の問いかけにそう答えると、よいしょといいながらちょこんと上茶谷の隣に座った。

「ご飯たべたの?」

 なにげない問いに、なぜかまりあは一瞬口籠った。

「あー、あのー、えーと。軽くラーメンを」

「ラーメン! 前食べたいって話してたこってりとんこつでしょ? カロリーがどうのこうの言ってたくせに」

 上茶谷がからかうようにそう言うとまりあは困ったように笑った。

「だって今日はどうしてもラーメンな気分だったんですよ。だから今夜だけカロリーは考えないことにしたんです。ダイゴさんはもう食べましたか?」

「これからよ。さっき戻ったところだから」

 まりあは不意に真面目な顔をして上茶谷を見た。

「ダイゴさん、引越して仕事も変わって忙しそうだし疲れがでる頃ですよね。大丈夫ですか?」

 気遣うように見上げてくるまりあに微笑みかける。

「大丈夫よ。緊張感とかそういうものが程よく刺激になっているみたい。ありがとう」

 まりあは安心したようににっこり微笑んだ。

「それならよかった」

「まりあもいてくれるしね」

上茶谷がそういうと、わたしなんにもしてないですよ、と言いながらも照れたように視線を宙に泳がせるからまた笑ってしまう。実際精力的に新しい仕事に取り組めるのは、彼女が傍にいてくれることも大きいと上茶谷は感じていた。

 まりあのおっとりした笑顔は上茶谷の心をそっと包み込んで疲れを癒やしてくれる。笑顔だけじゃない。彼女の気配があるだけでもホッとする。それは隣人だったときよりもさらに身近で、傍を流れるせせらぎのようにより絶え間なく上茶谷を潤してくれる。

 もしあのとき坂口が三人で住もうと提案しなければ。上茶谷はまりあをこんなにも身近に感じられる機会を永遠に失っていたのだろうか。そしてそれに耐えられたのか。同居を始めてからいつも、その問いが上茶谷の頭の片隅にある。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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