第241話

文字数 556文字

 坂口はいままでの恋人とは違うかもしれない。諦めていた普通の恋に手を伸ばしてもいいのではないか。まりあのなかにそんな気持ちが芽生え始めていた矢先に、あの上茶谷の衝撃発言だ。

 上茶谷とは生活時間帯がすこしずれているから、一緒に住んでいても坂口ほど多く接触する機会はない。それに自身のライフスタイルを大事にしている上茶谷を(おもんぱか)って踏み込みすぎないように気をつけていたのもあった。けれどあの夜、そんな少し開いてしまった距離感などやすやすと乗り越え彼はこう言った。

『恋人の愛情表現はただセックスすればいいだけじゃない』

 そういってどこか妖艶にまりあに微笑みかけてきた上茶谷。そうは見えなかったけれど珍しく酔っていたのかもしれない。それでもまりあはその言葉が放った衝撃波にいまだに翻弄されている。あれからいつも彼の言葉が頭の片隅にあって、油断をすると鼓膜の奥に響いてくる。

『試してみる?』

(試してみるってなにを? どういうふうに?)

 ただの言葉遊びだったのか、それとも深い意味があるのか。その問いに答えられるのは上茶谷だけ。けれどあれから彼とニ人きりでゆっくり話をするタイミングは幸か不幸か巡ってこない。まりあもあえてその機会を作る勇気もなかった。

 そこまで考えたところで、目の前にいる上茶谷の元恋人だった人をちらりと見る。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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