第27話
文字数 841文字
そもそもそういう父親だと最初からわかっていたのだとしたら、わざわざ彼の娘と結婚しなくてもよかったのではないか? そんな問いが口から出そうになるけれど押しとどめる。今さら上島を責めても仕方ない。時間はもう流れてしまったのだから。そうしてそのまま二人して黙り込む。またしばらくハサミの音だけがその場を支配した。
「……大悟」
「なに」
「やり直さないか?」
今度こそ上茶谷の手が止まる。ゆっくりと顔をあげると、鏡のなかから見つめてくる上島と目があった。まるで捨てられた子犬みたいな瞳をしている。上茶谷の心を揺らすズルい目だ。この男は昔からそうだった。まだ金もなく何者でもなかった学生の頃、客として上茶谷の前に現れた時から、自信満々なくせをして自分の弱さをさらけだすことを恐れなかった。それがどんなに自分本位で我儘なことだとしても。上茶谷は呆れながらも、羨ましくて愛おしくて、そして強く惹かれたのだ。
だからこそいきなり別れを切り出され苦しまない訳がなかった。表にはなんとか出さなかったけれど、彼と別れたあとのダメージは大きかった。その痛みは月日にゆっくり染み込んでいき、ようやく忘れ果てたと思っていた矢先だった。数週間前、客として素知らぬ顔でやってきた上島をみてショックを受けた。愛おしさやせつなさ、痛みや苦しみまで、瞬間解凍したようにどろりと溶け出してきたのだ。だからこそ近づきすぎてはいけない。あんなヒリつくような想いは二度としたくない。かき乱されたくない。ヨリを戻したとしてもまた、いつか別れがきてしまうのだから、と。
上島に聞こえないように吐息をついた。それからゆっくりと目だけで微笑んでみせる。周りの人間にクールビューティだと言われる時の無機的な笑みだった。
「ご冗談を。無理よそんなの。はい、カットは終わり。色味を決めないとね」
わざと軽くそう答える。上島は上茶谷をしばらくじっと見つめたあと、ため息まじりに小さく微笑んだ。
「うん、まあそうだよな。いきなり変なことをいってごめん」
「……大悟」
「なに」
「やり直さないか?」
今度こそ上茶谷の手が止まる。ゆっくりと顔をあげると、鏡のなかから見つめてくる上島と目があった。まるで捨てられた子犬みたいな瞳をしている。上茶谷の心を揺らすズルい目だ。この男は昔からそうだった。まだ金もなく何者でもなかった学生の頃、客として上茶谷の前に現れた時から、自信満々なくせをして自分の弱さをさらけだすことを恐れなかった。それがどんなに自分本位で我儘なことだとしても。上茶谷は呆れながらも、羨ましくて愛おしくて、そして強く惹かれたのだ。
だからこそいきなり別れを切り出され苦しまない訳がなかった。表にはなんとか出さなかったけれど、彼と別れたあとのダメージは大きかった。その痛みは月日にゆっくり染み込んでいき、ようやく忘れ果てたと思っていた矢先だった。数週間前、客として素知らぬ顔でやってきた上島をみてショックを受けた。愛おしさやせつなさ、痛みや苦しみまで、瞬間解凍したようにどろりと溶け出してきたのだ。だからこそ近づきすぎてはいけない。あんなヒリつくような想いは二度としたくない。かき乱されたくない。ヨリを戻したとしてもまた、いつか別れがきてしまうのだから、と。
上島に聞こえないように吐息をついた。それからゆっくりと目だけで微笑んでみせる。周りの人間にクールビューティだと言われる時の無機的な笑みだった。
「ご冗談を。無理よそんなの。はい、カットは終わり。色味を決めないとね」
わざと軽くそう答える。上島は上茶谷をしばらくじっと見つめたあと、ため息まじりに小さく微笑んだ。
「うん、まあそうだよな。いきなり変なことをいってごめん」