第90話
文字数 755文字
「と、とにかく」
ぼおっとした頭を立て直すべくコホンとまりあは咳払いをした。
「罰ゲームだとしたらわたしが奢るべきだよね。どこにしようかなあ。そうだ! 久しぶりにさくら亭行こうか。最近全然いってなかったからね」
勢いをつけてそういうと坂口は苦笑しながらゆっくり首を振る。
「こっちから誘ったんだから、俺がおごりますよ」
まりあも負けずとブンブンと首を振る。
「おごってもらったら罰ゲームにならないじゃない。ここはわたしがおごるから。後輩くんは先輩に大人しく奢られなさい」
チチチっと唇を尖らせ、ふざけて坂口の目の前で人差し指を左右にふってみせた時だった。不意に坂口がその人差し指をそっと握った。びっくりして彼をみあげると坂口がいつもよりも低い声で呟いた。
「ダメ。俺がおごる」
これまで先輩であるまりあに対して、坂口は敬語しか使ってこなかった。けれど敬語なしで短く呟いた時の表情は、後輩という垣根をするりと越えた男の顔をしていたからまりあは言葉を失ってしまう。人差し指を握られたまま、数秒見つめあっていたその時。ブーンブーンというスマホの振動音が止まっていた空気を揺らした。坂口はひとつため息をついたあと、まりあの指を名残惜しげにきゅっと握ってから、解放して微笑んだ。
「じゃあさくら亭にしましょう。五時にはあがれるようにして仕事してくださいね。ぼおっとして遅くなったら駄目ですよ?」
いつものようなからかい口調に戻り早口でそういうと、すぐにスマホとりだして会話をしながら給湯室から出て行ってしまった。ぼんやり彼の背中を見送ったまりあは、自分の人差し指を見下ろした。指には坂口に握られた感触がまだ残っていた。
(あれ……坂口くんに触れられてもそんなに嫌な感じがしなかったかも)
まりあは指を折りたたんでギュッと握りしめた。
ぼおっとした頭を立て直すべくコホンとまりあは咳払いをした。
「罰ゲームだとしたらわたしが奢るべきだよね。どこにしようかなあ。そうだ! 久しぶりにさくら亭行こうか。最近全然いってなかったからね」
勢いをつけてそういうと坂口は苦笑しながらゆっくり首を振る。
「こっちから誘ったんだから、俺がおごりますよ」
まりあも負けずとブンブンと首を振る。
「おごってもらったら罰ゲームにならないじゃない。ここはわたしがおごるから。後輩くんは先輩に大人しく奢られなさい」
チチチっと唇を尖らせ、ふざけて坂口の目の前で人差し指を左右にふってみせた時だった。不意に坂口がその人差し指をそっと握った。びっくりして彼をみあげると坂口がいつもよりも低い声で呟いた。
「ダメ。俺がおごる」
これまで先輩であるまりあに対して、坂口は敬語しか使ってこなかった。けれど敬語なしで短く呟いた時の表情は、後輩という垣根をするりと越えた男の顔をしていたからまりあは言葉を失ってしまう。人差し指を握られたまま、数秒見つめあっていたその時。ブーンブーンというスマホの振動音が止まっていた空気を揺らした。坂口はひとつため息をついたあと、まりあの指を名残惜しげにきゅっと握ってから、解放して微笑んだ。
「じゃあさくら亭にしましょう。五時にはあがれるようにして仕事してくださいね。ぼおっとして遅くなったら駄目ですよ?」
いつものようなからかい口調に戻り早口でそういうと、すぐにスマホとりだして会話をしながら給湯室から出て行ってしまった。ぼんやり彼の背中を見送ったまりあは、自分の人差し指を見下ろした。指には坂口に握られた感触がまだ残っていた。
(あれ……坂口くんに触れられてもそんなに嫌な感じがしなかったかも)
まりあは指を折りたたんでギュッと握りしめた。