第19話「元貴族令嬢の幸福」
文字数 3,004文字
レベル99のチート魔人な俺も、ソフィと話した翌日に「好きだ、結婚してくれ」なんて、さすがに言えない。
グレースとは、今迄デートさえしていないのだから。
言い方とか、タイミングとか、慎重に考えないと……
俺は考えた末に天気を見計らって、『散歩』というベタな名目でグレースを呼び出した。
ほのぼの出来る、絶対に安全、歩いていて気持ち良い……
そんな場所が、ボヌール村にはある。
俺達が出掛けたのは、正門を出て内柵との外柵の間に広がるボヌール村の農地。
緑一面の青々した大地、たっぷりと実った野菜、のんびり昼寝する家畜達と、和む要素がてんこ盛りなのだ。
さんさんと降り注ぐ太陽が暖かく、爽やかに吹く風が気持ち良い。
以前、恥ずかしがり屋の癒し系美少女クラリスともデートした場所である。
俺が先に歩き、グレースは二、三歩後を着いて来る。
「気持ち良いね」
「は、はいっ!」
俺とふたりきりで、グレースは少し緊張しているようだ。
と、いきなり!
ぶうぶうぶう~、ぶうぶうぶう!
こけこっこ~! こけこっこ~!
ブタとニワトリの大合唱。
これで、一気に緊張が解けた。
「うふふふ、可愛いっ」
「そうだな、
「はいっ!」
空気を読んでくれたブタとニワトリよ、ありがとう!
お前達、大手柄だ。
「最近、調子はどうだい?」
「はい! 絶好調です」
グレースは、俺をじっと見つめる。
改めて見ても、やっぱり超美人だ。
大人の女の魅力全開。
すっごくドキドキする。
うん!
大丈夫だ!
俺は、この人を嫁にしたいと思ってる。
間違いない。
後は……告げるだけだ。
王都で初めてグレースを見た時、表情は荒みきっていた。
不幸を背負い、呪詛の言葉を吐き散らしていた。
まるで、童話に出て来る悪役魔女のようだった。
だが今のグレースは美人な上におっとりとしていて、育ちの良さを滲ませている。
上品な大人の女の魅力が醸し出されて、俺の嫁達にも決して負けてはいない。
俺を見るグレースには笑顔が満ち溢れている。
「ケン様、私は最近本当に生きているって実感します、毎日が楽しいのです」
「おお、良かったな」
さあ、頃合いだ。
ここで切り出そう!
勝負だ!
「ところでグレース、この先、グレースはどうしたいと思っている?」
「はい! 私はケン様と奥様達に拾って頂いた恩があります。一生皆さんにお仕えしようと決めています」
やっぱりか!
予想した、答え通りである。
ならば、俺も考えた通りの答えを戻す。
「いや、駄目だ!」
「だ、駄目!? ななな、何故」
俺に奉公する事を否定されて、グレースは大きく目を見開き可哀想なくらい動揺する。
だから俺は、すかさず安心させてやった。
「仕えるなんてとんでもないぞ、グレースは俺達の家族なんだ」
「か、家族!? 何て過分なお言葉を!」
「過分なものか! グレース、落ち着いて聞いてくれるかな。俺はね、グレースともっと深い間柄になりたい」
「深い? ……間柄って」
「グレース、俺の嫁になって欲しいんだ、結婚して欲しい」
「ま・さ・か!」
口に手を当てて大声をあげまいとしたグレースは、脱力してぺたんと座り込んでしまった。
座り込んだグレースは、ハッとする。
何かを思い出したようだ。
「も、もしかして! ソ、ソフィ様ですねっ! ぜ、絶対内緒にしてって言ったのに!」
「グレース!」
「ケン様は若いけど、私よりずっと年下だけど、し、新参の、こんな私にでも優しくて……大事に労ってくれて……頼もしくて……理想の男性ですって言ったんです! わ、私の! あ、憧れだって! そ、それを!」
「グレース、ありがとう。俺もお前が愛しいよ、嫁に来てくれないか?」
「ああ、ううう、あううううううう、わああああ~ん」
俺の言葉を聞いたグレースは、感極まって大声で泣き出してしまう。
その時であった。
「グレースママをいじめるなぁ!」
「パパだめぇ!」
「わるものめぇ!」
何と俺の子供達が、一斉に駆け寄った。
そして座り込んで泣くグレースを守るように、俺に向かって立ち塞がったのだ。
どうやら、近くで遊んでいてこちらを注目していたらしい。
俺が一方的に、グレースを苛めて泣かせたと見えたのだろう。
子供達は小さな身体を震わせ、両手を広げた。
俺の事を凄い形相で睨んでいる。
ああ、参ったな……
完全に俺が悪役だよ。
でも……嬉しいね!
俺の子供達にグレースママって言われているなんて、とっても懐かれているんだ。
「み、みんな! 違うの! 違うのよ!」
座り込んで泣いていたグレースが、慌てて立ち上がった。
自分のせいで俺が子供達に誤解されては、まずいと考えたに違いない。
しかし、子供達には理解不能のようだ。
その理由は……
「でもさ、めがまっか」
「そうそう、ないてるよ」
「グレースママ、かなしいんでしょ」
「ううん、違うわ! 嬉しいの、とっても嬉しいのよ!」
溢れ出る涙を、手で拭いながら微笑むグレース。
グレースの気持ちは、何も知らない子供達では全く理解出来ないだろう。
だが、俺とグレースが喧嘩をしているのではないとだけは分かったようだ。
「グレースママ、うれしいってへんなの~」
「なきながら、わらってるよぉ」
「パパがすきなの? きらいなのぉ? わたし、わかんない~」
子供達の声が飛び交う中、黙って俺は大きく両手を広げた。
俺の行動をじっと見ていた子供達……
さすがに勘が良い。
すかさず道をあけてくれた。
グレースは一歩、二歩進んでから思いっきり俺の胸へ飛び込んで来た。
俺はしっかりと受け止め、ぎゅっと抱き締めたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1ヵ月後……
俺とグレースは、結婚式をあげる事となった。
当日、時間が来て式が開始され、祝辞が読み上げられる。
ソフィを含めた先輩嫁ズは、グレースが正式な家族となる事に喜びを隠さない。
子供達が大きく声を張り上げる、可愛らしいお祝いの歌がやけに耳に響く。
さすがに、前夫のオベール様を呼ぶわけにもいかないから……
特別な来賓もなく、ボヌール村の中だけで執り行われる地味で質素な結婚式だ。
村の人のみから祝福される、ささやかな宴。
かつてヴァネッサであった頃に行った、豪華絢爛な貴族同士の結婚式には到底及ばない。
しかし俺の傍らに居るグレースは、飛び切りの笑顔を浮かべている。
幸薄い貴族令嬢だった女は、生まれて初めて自分の意思で幸せを摑んだのであった。
※『妬みと陰謀編』はこれで終了です。
次話からは新章が始まります。
もっともっと続きが読みたいぞ! とお感じになりましたら、
作者と作品へ、更なる応援をお願い致します。
この作品が……もっと多くの方にお読み頂けるよう、応援して下さい。
皆様のご愛読と応援が、継続への力にもなります。