第3話「いろいろと……」
文字数 2,349文字
とうとう子供達を連れて、エモシオンへ出発する日が来た。
今回使うのは、新調したばかりの馬車である。
たまたま言ってはいなかったが……
暫く前に、我がユウキ家は、また新たな馬車を購入したのだ。
この屋根付き馬車、大空屋の仕入れ用というより、移動用に重きを置いた。
さすがに家族全員は無理だが……
大人が8人乗れて、御者席にもふたり、都合10人も乗れる。
但し、荷物入れもきちんと備えていて、仕入れにも使える。
御者席の背には小窓も付き、客席と話も出来る。
エモシオンの業者に発注、オベール家のプッシュもあり、特別に作って貰った。
今回の参加人数は都合8人。
ギリギリで、「きつきつ」だと思われるでしょうが、うち4人は子供……
俺は御者席に乗るし、ゆったり乗れて快適な旅になりそうだ。
今回、同行というか、俺達が後をくっついて行くのは王都から来た大きな商会の商隊である。
実はこの商会にクラリスの絵……ボヌール村の風景画を数点買って貰っていた。
今回もボヌール村へ来た昨日すぐ、「ぜひ絵を買いたい」と申し入れがあった。
だが……クラリスは超が付く多忙。
最近は服作りの方がメインで、『新作』を描いていない。
となれば、『在庫』はエモシオンのアンテナショップ2階のカフェに掲出されている絵しかない。
カフェに掲出されている絵は計5枚あるのだが……
全部売ってしまうと、店内が白壁だけの殺風景になってしまう。
だから、5枚の内、2枚だけ売る事にしたのである。
商隊のリーダーである商会幹部は、5枚全部売って貰えない事を残念がったが、次回は優先的に売る事を約束し、納得して貰った。
ここで俺は商会幹部へ、気になっていた事を聞いてみる。
「済みません、お聞きしたいのですが、先に売れたウチの嫁の絵って……どこのどなたがお買いになったのですか?」
しかし、予想通りというか……
残念ながら、商会幹部は教えてはくれなかった。
「申し訳ございません。守秘義務がありますからお名前は明かせませんが……さる高貴な御方です」
へぇ~、高貴な御方ねぇ……
俺と嫁ズが「ふうん……」という顔をしていると、商会幹部は「明かせない」とは言いながら、ちょっとだけ教えてくれた。
「その方は……絵の風景を見ると日々疲れた心が癒されると仰い、とてもお喜びになって、壁に掛けて毎日眺めていらっしゃるようですよ。だから今回、うちが買う絵もその方へお売りします」
そんな説明を聞いて、目を輝かせたのが、当のクラリスである。
俺同様、否、以上に、どんな人に自分の絵が買われたか、とても気にしていたのだから。
「嬉しいです! 私の絵を、そんなに気に入って頂いて!」
クラリスの言葉に反応、商会幹部は更に言う。
「はい! 出来れば、お抱えの画家にしたいと仰るくらいですよ」
「お、お抱えの画家!? そ、それは駄目です」
焦ったクラリスが必死に手を左右に振った。
何か、話が危ない方向へと行っているぞ。
俺は、「スカウトなんて絶対駄目」と釘をさした上で、商隊への同行をお願いしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さてさて、いよいよエモシオンへ出発である。
王都の商隊の馬車は5台、人員は総勢15名。
当然護衛もそれなり。
全部で10名居て、全員が冒険者ギルド王都支部所属の冒険者。
1台の馬車に5名、騎馬が5名。
俺が護衛のリーダーへ挨拶に行ったら……
「おお、貴方がオベール家宰相のケン・ユウキ様ですか?」
おおって?
一体何ですか、その反応は。
「はい! カルメンさんから聞きました。自分より強い人が居るって」
「え? 何それ?」
俺は思っただけじゃなく、つい聞き返してしまった。
カルメンが言ったの、そんな事を?
訝し気な俺へ、リーダーは言う。
「はい! 今回の依頼でエモシオンへ行くって、俺が魔法鳩で手紙を出したら、返事が来て……カルメンさんと一緒に魔物を倒したそうじゃないですか? それもあっさりと」
「ええっと……」
口籠った俺は記憶を手繰った。
そうか……
カルメンが正式にオベール家へ仕える事となり……
一緒にエモシオン付近で、魔物討伐をした事がある。
同行したのは……
宰相の俺でも、いざとなれば戦いの『現場』へ出ると、当時新参のカルメンへ伝えたかったから。
確か、相手はゴブリンの中規模な群れとオークの小部隊。
あの時は俺の攻撃魔法でゴブリンをかく乱し、オークは数体斬り伏せた。
でもそれだけ。
使った魔法は火の中位クラスだし、実戦の際も本気なんか出してはいない。
だけど、カルメンはさすがランクAの上位ランカー。
隠した俺の実力を見抜いていたんだろう……
でもここで、あっさり肯定するわけにはいかない。
「いや、傍でカルメンのフォローを少ししただけ。それは大袈裟。絶対、社交辞令だから」
俺が返すと、リーダーは首を傾げる。
「そうなんですか? でも彼女は滅多に人を誉めませんよ」
おお、この人、カルメンの性格を熟知している。
結構な付き合いぽい。
でも、断じて否定しなきゃ。
俺はとことんしらばっくれる。
「そうなの? でもさすがに新しい職場だし、上司の俺へ気をつかったんだよ」
「え? そんなものですか?」
「ああ、そんなもの。それよりもう出発だ。じゃあ、宜しくお願いしますね」
まだ半信半疑のリーダーへ、俺は手を振り、強引に彼の下を去ったのであった。