第13話「亡き妻との思い出②」
文字数 2,565文字
奥様が亡くなった時の、辛い記憶が甦ったのだろう。
「精一杯、手は尽くしたと思う。出来る事は全て行った。だが……エリーゼを救う事は出来なかった」
「…………」
「…………」
「エリーゼは……私の全てだった。彼女を失った私は、まるで抜け殻のようになってしまった……」
「…………」
「…………」
「周囲は、私へ再婚を勧めたが……冗談じゃない! ふざけるな! そう思っていた……」
「…………」
「…………」
俺には分かる。
愛する人を失う悲しみを……
もし俺が今、家族を失ったら……なんて、想像さえしたくない。
レイモン様は、ここで大きく息を吐いた。
「誰にも告げてはいないし、今だからこそ言うが……自死も考えた。エリーゼの後を追おうとね……」
「…………」
「…………」
「しかし私を思いとどまらせたのは……結局、エリーゼとの思い出だった」
「…………」
「…………」
「私とエリーゼとの出会い、かけがえのない大切な思い出……亡きエリーゼの、彼女の故郷は……君達の住むボヌール村と良く似ているのさ」
「…………」
「…………」
レイモン様が愛した、亡き奥様の故郷が似ている……
俺達のふるさとボヌール村と……
そう……なんだ。
「質素な暮らしだが、平和でのんびりしていて、村民は明るく笑顔を絶やさない……王国のどこにでもある、そんな村だったから」
「…………」
「…………」
「しかし……何もせず、幸せと平和を手に入れる事など出来ないと、私には分かっていた」
「…………」
「…………」
「一見のんびり見える妻の故郷だって、生きる為に、明日を掴む為に、……エリーゼ、彼女の両親、そして村民達が、必死に働き生活の糧を得て、家族と仲間を守る為に命を懸け、外敵と戦っていた」
「…………」
「…………」
レイモン様にも分かっていた。
何もしないで、幸せと平和は勝手にやっては来ないのだと。
同じく身体を張る、『ふるさと勇者』の俺にも、よ~く分かる。
「エリーゼは……そんな自分の故郷を深く愛していた」
「…………」
「…………」
「平凡な村だが、美しいふるさとを心の底から愛していたのだ」
「…………」
「…………」
「私にとってもそうだ。美しい村で出会ったエリーゼは天使だと思った。彼女のふるさとはまさに楽園そのものなのだ」
「…………」
「…………」
「だから私はエリーゼの気持ちに報いようと、ふたりの愛に報いようと! 素晴らしい『楽園』を守る為に……この王国の為、国民が笑顔で暮らせる為に、この身を奉げようと決めた」
「…………」
「…………」
「決意した私は、それまでの暮らしを一新し、更にしゃにむに働いた……」
「…………」
「…………」
「もし身体を壊して死んでも本望。善行を積めば創世神様は、私の魂を天国へ……必ず亡きエリーゼの下へ導いてくれる! そう、信じてね」
「…………」
「…………」
「そんなある日、気力と体力が限界に達したのか……私は、職務中に倒れてしまったのだ」
「…………」
「…………」
「だが……幸いと言うか、不幸なのか……手当てを受けた私は、死ぬまでには至らなかった」
「…………」
「…………」
「そして……王宮で療養する私の下へ、爺が……キングスレー商会のチャールズ会頭が見舞いだと言って、一枚の絵を届けてくれた」
「…………」
「…………」
「チャールズ会頭は……私の本音を言える数少ない相手だ。エリーゼとの結婚の際もいろいろ尽力してくれた」
「…………」
「…………」
「この絵を持参してくれたのは……多分、私の辛い気持ちを分かっていたからだろう」
「…………」
「…………」
「そう……いつの日か、私は再びエリーゼの故郷へ、楽園へ行きたかったのだ。彼女とふたりで旅をして、出会った頃の懐かしい思い出をたどりたかった……」
「…………」
「…………」
「だが、エリーゼは……もう居ない」
「…………」
「…………」
ここでレイモン様は、じっとクラリスを見つめる。
「クラリスさん」
「は、はい!」
「ありがとう!」
「え?」
「私はな、貴女の描いた絵を見て、エリーゼとの思い出を、より鮮明に取り戻す事が出来た。それだけじゃない……この絵を見て、再び前を向き、生きる気力も取り戻す事が出来たのだ」
レイモン様に礼を言われ、最大ともいえる賛辞を頂き……
クラリスは、感激のあまり目が潤んでいた。
俺も、思わず涙がにじむ。
「そんな!
「うむ! 私は爺に命じ、もっと貴女の絵がないかと探させた。嬉しい事に絵はあった」
「…………」
「…………」
「だから無理を言って、何枚も買わせて頂いた。やがて、私の手元へ届いた貴女の絵は、期待を裏切る事はなかった」
「…………」
「…………」
「クラリスさん、貴女は私の気持ちを……大いに震わせてくれた。心がとても温まる……様々な楽園の風景を、素晴らしい絵を、良くぞ描いてくれた」
「…………」
「…………」
「当然私の頭の中には、オベール騎士爵と彼の管理する土地の知識はあった。だが、今回の絵の購入で、君達のボヌール村を再認識したのだよ」
「…………」
「…………」
それはそうだろう。
オベール家のような中小貴族は、この王国に数多居る。
レイモン様は、さすがに認識はしていただろうが、今回の件で深く覚えて貰ったという事だ。
「いろいろとあったが……今や、エリーゼとの記憶を取り戻してくれる絵に囲まれ、私は再び政務に邁進する事が出来る」
「…………」
「…………」
「そして! 幸運にも、やる気の出た私を、もっと元気にする出来事が起きたのさ」
不思議な事に……
それまでしみじみと、亡き妻の思い出を話していたレイモン様は……
クラリスへ礼を言った後、今度は俺の顔を真剣な表情で見て、力強く頷いたのであった。