第10話「悔恨と告白①」
文字数 3,021文字
白鳥亭の手伝いを無事に終わって、部屋へ引き上げた俺とグレース。
しかし、ふたりの夜はここで終わらないのだ。
リア充炸裂?
いや、違う!
ひと晩中、熱~くエッチするとかじゃあない。
グレースから俺へ、大事な話があるっていう事。
宿の手伝いで、すっかりハイテンションになってしまったが。
今、俺とグレースは椅子に座って向き合っている……
大事な話って、もしかしたら例の……グレースの過去についての話かもしれない。
多分、どんなに辛い思いをしても構わないから自分の過去を教えて欲しいって事だろう。
心を読んだわけではないが、グレースの目は真剣だった。
今回の旅行は、グレースの過去をどうするかという思いで決めた旅行だ。
グレースへ過去を話す前提で彼女の故郷である王都へ来た。
もし過去は捨てると言われ、グレースが聞くのを望まなければ話さない事もありかもしれなかった。
でも過去を話して欲しいと言われた場合、俺には考えていた事がある。
それは……
俺の過去から先に話そうという決心だ。
特にクミカとの過去、そして思い。
この話は複雑だ。
だからクッカとクーガー以外の嫁ズには簡単な事実だけを伝えてある。
クッカとクーガーは元はひとりの人間。
前世での幼馴染のクミカが不慮の事故で亡くなり、運命の悪戯によりこの異世界にて女神と魔王になった。
俺がふたりを救って……何とか結ばれた。
グレースを含めて、クーガーとクーガー以外の嫁ズにはそこまでしか伝えていない。
基本、この話題は極力出さないようにしている。
そんな事をすれば、クッカが辛くなるからだ。
クッカには生前のクミカの記憶がないから……
クミカの記憶を持つクーガーとはふたりきりになった時、ごく稀に昔話をする。 だが、他の嫁ズもクッカを
俺がもう少し……いや!
卒業前に故郷に一度でも帰ってクミカと、もっと早く再会していれば……
運命が変わって、彼女は死なずにすんだかもしれない。
と、思うとやりきれなくなる。
所詮は、たら、れば、だが……
忸怩たる思いが、心の奥底に沈んでいる。
俺はずっと、そして密かに悩んでいる。
今……
俺の傍にはクミカの生まれ変わりであるクッカとクーガーが居てくれる。
確かに……幸せだ。
でも俺に会うのを心待ちにして……
無念のうちに若くして死んだクミカは……あまりにも不憫だ。
いくらレベル99、ふるさと勇者の力を持っていても……
今更、俺は……何も出来ない。
クミカは生き返らない。
だから……たまに煮詰まる。
……大声でわめき叫びたくなる……思いっきり泣きたくなる。
そもそも俺の辛さは、グレースの悲惨な過去や彼女の兄へした事に直接関係はない。
でも……
グレースの過去を話す前に俺も過去をカミングアウトしたくなった。
そして今度こそ乗り越えてみせる!
いくら思い悩んでも……死んだクミカは戻って来ないからだ。
こんなの、ずるいやり方かもしれない。
「グレースへ自分の悩みを話して、楽になるだけだろう?」と言われても否定出来ない。
「お互い傷を舐めあうのか?」と言われても仕方がない。
どの方法がベストなのか、俺には分からない。
だけど理屈じゃない。
グレースが過去と向き合う覚悟なら、俺が先に過去と向き合う!
辛い過去へ堂々と向き合いたい!
そしてグレースの過去とも一緒に向き合う。
彼女が苦しむなら、俺は少しでもその苦しみを分かち合いたい。
共有したい。
夫婦だから!
そう思ったのだ、心から……
……まずはグレースの意思を聞こう。
自分の過去を聞きたいのか、否か。
しかし!
俺は信じられない言葉を聞いたのである。
「旦那様、お話というのは……」
「…………」
「実は……私……知っているんです、自分の……失われた記憶を」
グレースは真っすぐ俺の目を見て、いきなりそう言った。
「…………」
言葉が出ない……
吃驚した。
グレース、いやヴァネッサが昔の記憶を取り戻していたなんて。
消された過去を思い出していたのか……
いや!
待てよ!
俺は、今迄あった違和感の正体が分かって来た。
この王都旅行に出てから、ヴァネッサの言動に気になる部分が多々あった。
言葉の端々に何故? という首を傾げるものもあった。
その答え……それはヴァネッサが記憶を取り戻しているのではという想像だった。
その想像は当たっていた。
だが、おかしい。
何故記憶を「知っている」と言うのだろうか?
「知っている」というのは「思い出した」とは違う。
何かによって、誰かによって知った、報されるという表現だ。
俺の魔法は100%ではないが、簡単には解けない筈。
しかし、俺の魔法を
少し考えた俺は、やがて全てを理解した。
「そうか……グレース。お前は過去を知ったのだな? それでグレースは一体どうしたい?」
俺が仮初の名前で呼ぶと、ヴァネッサは辛そうに顔を歪める。
そして、俺が呼んだ名前を否定したのだ。
「わ、私はグレースではありません…………ヴァネッサです」
しかし、俺にとってはヴァネッサこそ過去の名前である。
俺が記憶を消したとはいえ、この薄幸な貴族令嬢の名前を捨てた。
生まれ変わる為にヴァネッサが自ら名付けたのが、グレースという名だ。
その事も、彼女は分かっている筈だ。
だから、俺はきっぱりと言う。
「いや、俺にとってはグレースさ」
「…………」
黙り込んだヴァネッサに、俺は問う。
「そんなに、名前に
「…………」
相変わらず無言を貫くヴァネッサに、俺は更に問う。
「名前は確かに大事かもしれないが、俺はお前という人間が大事なんだ。だからお前の本当の意思を聞きたい」
「本当の意思?」
「ああ、そうだ。お前は全てを知った。で、あればもう自分自身の明確な意思がある筈だ」
聞き直すヴァネッサに、俺は繰り返す。
過去を知ったヴァネッサの考えを聞きたいと。
「私の……私自身の明確な意思」
ヴァネッサは呟くように言うと、大きな溜息を吐いた。
ここで俺はズバッと言う。
「そうさ! 俺はお前の記憶を奪い、正常な意思を曲げた。全てを奪い、行き場がなく困ったお前の弱みにつけ込んで結婚した酷い男だ」
俺は、ヴァネッサが好きだ。
と、いうより生まれ変わった優しく聡明なグレースが好きだ。
ヴァネッサの辛い過去を全て飲み込んで、俺はグレースを大好きになった。
「そんな!」
俺のきつい言い方に、ヴァネッサは驚いた。
ああ……
全てを知ったのに俺を憎んではいないのか……
だから俺は重ねて言う。
駄目押しだ。
「そんなもこんなもない、まぎれもない事実だ」
「……ど、どうしてそんな事を仰るのです!」
俺の言葉を聞いたヴァネッサの目には……何と!
大粒の涙が溢れていたのであった。