第8話「最後の防衛線」
文字数 2,884文字
見渡せば、ここはだだっ広い草原の中にあるぽつんとした一軒家であった。
少し離れたところに、針葉樹らしい深い森が迫っている。
遥か遠くには山々が連なり、山頂には真っ白な雪が被っていた。
やはり、俺の世界の魔境と風景は変わらない。
さあて視点を変えて……
小屋の周囲は、丸太を組んだ簡素な柵で囲われていた。
その柵のすぐ傍に、オーガが約100体は居る。
どうやら、柵には強力な魔法障壁が付呪されているようだ。
なので、オーガ達は柵にむやみやたらと突進したりしない。
多分、既に何回か試しているのだろう。
奴等は壊せないと分かっているのだ。
しかし魔法障壁は肉眼では見えない。
一見何も無いので、俺の存在は視認出来る。
オーガが出て来た俺を見て、一斉に咆哮した。
スキルによれば、不味そうな『餌』が姿を現したという感情が伝わって来る。
俺が「不味そう」で……悪かったな、てめぇら。
だが……
まもなく状況は一変するのだ。
何故ならば……
「ぐはおおおお~んんん!!!」
突如、雷鳴のような咆哮が辺りに轟く。
先程のオーガとは全く違う異質なものだ。
びりびり大気が震えていた。
俺が見守っていると、大空を巨大な影が横切った。
索敵でキャッチした通り、
先程まで俺を威嚇していたオーガ達が、くるりと背を向けて脱兎の如く逃げ出す。
そりゃ、そうだろう。
竜は急降下して退散するオーガ達を襲ったが、一体だけ捕らえて残りは逃してしまった。
断末魔の悲鳴があがり、竜は捕らえたオーガをバリバリ貪り食っている。
うっわ、リアル。
テレビで見た獰猛な肉食動物が餌の草食動物を捕食する、まさにそれ。
だが……これが食物連鎖、厳しい自然の
「ひ、ひっ!」
開いた扉から見守っていたフレデリカが、本能的に声をあげた。
次は自分の番では……
怖ろしい竜の餌とされるのでは……というおぞましさが、彼女を包んでいる。
俺は振り返って笑顔を見せる。
『フレッカ、大丈夫だ』
力付ける俺に対して、まっすぐ切ない視線を向けるフレデリカ。
『お兄ちゃわ~ん!!!』
おお、生の声じゃなくて念話で呼び掛けるなんて少しは落ち着いて来たか?
『いきなり悲鳴じゃなくて、念話を使うのならだいぶクールダウン出来たな。さすが次期ソウェルだ、偉いぞ、フレッカ』
『ううう』
唸るフレデリカへ、俺は言う。
『フレッカ、万が一ここで俺が突破されたら、お前は殺されるかもしれない。だがそんな事、絶対にさせない。俺は……絶対に負けない』
『……お兄ちゃわん……』
フレデリカへ告げながら、自分にも言い聞かせる。
これは俺の信条でもあるのだから。
そして力強く言い放つ。
『昨夜言っただろう? 後がない、背水の陣、最後の防衛線。俺はいつもそんな気持ちで守護者をやっている。愛しいお前が無残に喰われる……そんな事は絶対に許せないんだ!』
『…………』
『覚えておけ、フレッカ。人っていうのはな、自分の為より、愛する者の為に力が出せるように出来ているんだ。怖いと思う気持ちさえも振り切る事が出来る』
『おおお、お兄ちゃわ~ん』
『ははは、じゃあ作戦の打合せだ。お前は魔法障壁を解除する方法を知っているのだろう? 俺が合図をしたら、一瞬だけ障壁を解除しろ。俺が外へ出たら念の為すぐに障壁を復活させるんだ』
『で、でも! それじゃあ、お兄ちゃわんがぁ』
『大丈夫、信じろ! 俺だって無謀な戦いはしない。……奴には勝てる』
『わ、分かったわ。絶対に死なないで、頑張って、お兄ちゃわん』
『了解!』
アールヴ美少女のエールを受けて、俺はオーガを貪り食う
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俺は高床式で作られた小屋の階段を降り、伸びた芝生が生える庭に降り立った。
竜に向かって、一直線に歩いて行く。
思わず口で「ざっ、ざっ、ざっ」と言ってみる。
ああ、懐かしい。
昔、レベッカの尻を触ったクランを懲らしめた時もそうだった。
あの時は女神だったクッカが、気を利かしていろいろ演出をしてくれたっけ。
※ど新人女神編 第44、45話
俺は柵を挟み、座り込んで食事中の古代竜の向かい側に立った。
オーガをバリバリ喰らいながら、竜の無機質な目がぎろりと俺を睨む。
「お前のメシが終わるまで、待っててやるよ」
今の俺はアールヴイケメン剣士。
竜にとってアールヴが美味かどうかは分からない。
しかし今言った言葉の意味だけは
「餌如きに侮辱された」と感じたのであろう。
奴は怒りで立ち上がろうとしている。
その時、俺は既にフレデリカ宛にカウントダウンの指示をしていた。
当然念話でのやりとりだ。
『5,4,3,2,1……よしっ、障壁解除っ』
瞬間、俺は身を躍らせていた。
ばっごおおおお~んんん!!!
凄まじい音と共に、手応えあり。
ぶちかました俺の拳は何と!
「どっず~ん」と地響きを立てながら転がった竜。
よっし、これで時間が稼げた。
すぐにフレデリカに、魔法障壁を復活させて貰おう。
俺が振り返ると、そのフレデリカは……
吃驚して立ち尽くしていた。
再び俺は
『フレッカ、障壁閉めろっ』
「へ?」
しかし、返って来たのはフレデリカの生声。
それも、驚きの感情を込めた声。
イラっとした俺は再び叫ぶ。
『何してるんだ、閉めろっ』
しかし……
「でも……お兄ちゃわん、そいつ死んではいないけど……完全に気絶してる」
「ほぇ?」
フレデリカの指摘に、俺も思わず変な声が出た。
あら……ホントだ。
波動で分かる。
少し離れた場所に転がった
俺の拳一発で、完全に……失神していた。
すかさず周囲を索敵。
「はぁ……とりあえずひと息つけるか」
「お兄ちゃわ~ん!!!」
軽く息を吐いた俺に向かって、笑顔のフレデリカが転がるように駆けて来たのであった。