第2話「おしゃまさんの悩み」
文字数 2,246文字
生まれた赤ん坊の名前に関しては、家族間でいろいろな意見が出た。
最後は、当然グレース本人、そして日々かいがいしく世話をしたソフィの意見がメインで取り入れられ……
結局、ベルティーユという名前に決まった。
こうなったら、普段呼ぶ愛称は、もう決まり……ベルだろう。
体調が回復するまで、グレースは暫し休養だ。
愛する我が子ベルと共に。
俺や嫁ズは新たな家族の誕生が喜ばしいが、『先輩』にあたるお子様軍団も同じである。
元々、グレースママはお子様軍団の人気ナンバーワンママだから。
いつも味方になってくれる、優しいグレースママの健康が気になるのは勿論、
生まれたての『末っ子』となる妹、ベルが気になる事もあるだろう。
お子様軍団全員がしょっちゅう、グレースとベルが寝ている部屋を覗きに行く。
あまりにも頻度が高いので、終いには制限をかけたくらいである。
だが、こんな時、クッカとの子タバサは偉い。
自分だって、慕っているグレースに対し、思いっきり甘えたくて堪らないのに……
一番最初に生まれた長女という立場から、必死に我慢。
自ら率先して見本を示し、親と共に子供達へ訪問のストップをかけてくれたのである。
そんなタバサがある日、俺に相談があると囁いて来た。
珍しく周囲をきょろきょろしているから、母であるクッカや他の嫁ズには内緒の話らしい。
「パパ、はやく」
「お、おう」
「し~っ」
俺の手を引っ張りながら、口に手を当てて静かにするよう促すタバサ。
この前の、紙芝居をやった時も感じたけど……
まだたった6歳なのに、一人前の大人の仕草が、随所に感じられる。
誰も居ない部屋に引っ張り込まれた俺は、置いてあった椅子に座らされ、同じく座ったタバサと向かい合った。
そして開口一番。
「ねぇ、パパ、わたし、クラリスママとおなじになりたい」
「クラリスと?」
タバサの表情は真剣だ。
食い入るように俺を見つめて来る。
「うん、わたし、クラリスママみたいに、おようふくをつくりたいし、えもかきたい」
成る程。
納得した。
話が見えた。
どうやら、タバサはクラリスに憧れているようだ。
自分も、クラリスみたいになりたいと願っている……
実際、クラリスはマルチな女子である。
見た目は地味な子を自称するが、とんでもない。
いわばレオナルド・ダ・ヴィンチのような天才タイプ。
ボヌール村の村民として農作業に詳しいのは勿論だが、洒落たデザインの可愛い服も作るし、素敵な絵も描く。
クラリスみたいに、いろいろな事がやりたい……
タバサには、淡いながら将来への夢が生まれたようだ。
親としては、喜ばしい……
全く問題ない、そう思う。
「じゃあ、やってみれば良いじゃないか」
俺はOKを出したのに、タバサは喜ぶどころか、しかめっ面だ。
首を横に振っている。
「だめ! ママはようふくより、まずはハーブをしっかりべんきょうしなさいって」
「ああ、そうか……」
タバサの言うママとは、実の母クッカの事。
クッカのライフワークは、リゼットと共に作る村のハーブ園。
ハーブは、これからオープンする、アンテナショップの目玉商品になるから尚更だ。
未来の村を背負って立つのは、自分の大好きなハーブだと信じている。
なので、頑張って村のハーブ園を大きくし、軌道に乗せ、次世代へ残す。
当然、娘のタバサにも協力して貰う。
自分と同じくらいの立ち位置で、手伝って貰う。
否、次世代……ゆくゆくはタバサに自分の跡を継いで欲しいと願っている。
それがクッカの夢……なんだろう。
だから愛娘へ、しっかりハーブの勉強をしろと日々言っているらしい。
クッカは俺にも、そう語った事があるけれど。
娘に対しては、更に徹底していると思う。
う~ん……
でもタバサの人生はタバサのもの。
親である、クッカや俺のものじゃない。
ハーブ以外、他に興味が出て来たものがあったら、変に縛らず、挑戦させた方が良いと思うけど。
……よっし! 決めた!
「じゃあ、パパと一緒に作戦を考えようか」
「さくせん?」
「ああ、ママのOKを貰う作戦だ」
こんな事をすれば、パパは娘に甘い! とクッカに怒られそうだが……
「タバサ、良いか? 作戦を考える前に、ひとつ約束だ。お前はまずハーブを勉強する事」
「ええっ!?」
「その上で、服と絵も勉強するという作戦だよ。クラリスママはそうしている」
「…………」
「お前がちゃんと約束すれば、洋服を作って絵も描けるよう、俺からママに頼んでみるから」
「……う~、わかった! やくそくする。だってパパのいうとおり、クラリスママはハーブだってしってる……おようふくも、えも、ぜんぶやってるもの」
「よっし、了解。上手く行ったら、タバサに言うからな……お前が全部やってみて一番大好きなものをやれば良いよ」
「わかった! でも……だいじょうぶかなぁ……ママおこらない?」
心配するタバサの表情が、やはりというか、ひどく大人びている。
「そこが作戦さ。パパにどんと任せておけ」
「……わかった、パパ、おねがいね」
両手を合わせて懇願するタバサに対し、俺は優しく微笑んだのであった。