第10話「レベッカと王都で④」
文字数 3,512文字
だがレベッカには、この旅行の、作戦=本当の目的は伏せてあった。
表向きは、あくまでも彼女への慰労、そして観光なのである。
でもウチの嫁ズは皆、勘が鋭い。
レベッカだって、例外ではない。
今迄、俺とふたりきりで王都へ旅行したのは、グレースのみ。
それも大変な『わけあり』旅行だったのを皆、知っている。
それからず~っと、俺と嫁ふたりきりで王都への旅行はしていない。
まあ仕事などで忙しかったのが原因であり、特に理由はないのだが。
グレース以降、他の嫁と旅行しなかったのは、たまたまなのである。
だけど、今回自分がいきなり誘われて、レベッカが疑問を持たない筈はない。
きっと、いろいろと、連れて来て貰った理由を考えている事だろう。
まあ、それはさて置き……
レベッカは、グレースへ王都の事前取材はしている様子。
俺もさすがに、最低限の事は伝えてある。
行先、日程、後は、今回の宿泊場所を『白鳥亭』としたくらいは……
「さくっ」と、宿泊の手続きをした俺とレベッカは、部屋のある2階へ上がる。
アマンダさんが、従業員に任せず、泊まる部屋へ自ら案内してくれた。
おお、懐かしい。
案内されたのは、『思い出の部屋』だ。
俺が事前に頼んだ通りである。
アマンダさんが、とても気を遣ってくれているのが分かるというもの。
「さあ、お部屋はこちらです。以前ケン様とグレース様がお泊りになった部屋を押さえておきましたので」
グレースと同じ部屋……
やはりレベッカは、嬉しくて堪らない様子である。
「あ、ありがとうございます!」
アマンダさんは微笑み、渋い木製の扉を開けた。
すると、目の前に、見覚えのある部屋の光景が広がる。
当然だが、部屋は以前と全く……変わっていない。
……広さは日本の十畳間くらい。
ベッドがふたつに箪笥がひとつ。
トイレは階下の共同で風呂はなし。
相変わらず、到ってシンプルなのである。
だが……
改めて見ても、内装がとっても素晴らしい。
以前泊まった時の感動が甦る……
木の自然な風合いを生かした壁は、とても良い香りがして、相変わらず心がホッと癒される。
まるで、静かな深い森の中に居るって感じで、とても心が落ち着くのだ。
「わあああっ!!! す、凄いですっ!!! す、素敵っ!!!」
初めて部屋を見たレベッカは、大声で叫ぶと、そのまま固まってしまった。
両手を重ね合わせて、微動だにしない。
一方、部屋を褒められ、アマンダさんも嬉しそうだ。
「まあ、レベッカさんたら、そんなに喜んで頂くと、女将冥利に尽きます」
「いえ! ほ、本当に感動しましたっ、嬉しいですっ」
「では、とりあえず部屋でお寛ぎを……夕食は午後5時から食べられます。当宿名物のハーブ料理ですよ」
夕食の案内を聞いたレベッカがハッとする。
『何か』を思い出したらしい。
「あ、そうだ! アマンダさん」
「はい、何でしょうか?」
「グレース姉、い、いえ、ウチのグレースがこちらの宿の手伝いをさせて頂いたんですよね?」
「ええ、そうです。その節は本当にありがとうございました。深く感謝しています」
「ならば! わ、私も! ぜひ、お手伝いしたいのですがっ!」
宿の仕事を手伝いたい!
これは、俺にも予想外であった。
レベッカは、この旅行をとことん楽しむと思っていたから。
「レベッカ……」
俺が声をかけても、レベッカは真っすぐアマンダさんを見つめている。
瞳には強い意思の光が宿っていた。
「私、王都旅行の話をグレースから聞いて……自分もいろいろな経験をしたいと思っていました」
レベッカの気持ちはよく分かる。
だがこの前の『手伝い』はあくまでもイレギュラー。
商業ギルドの手違いが原因の緊急事態だったから。
当然、アマンダさんは、レベッカの願いを丁重にお断りする。
「申し訳ありませんが……お客様に仕事をさせるわけには……」
しかし、レベッカは必死に食い下がる。
「いいえ! ぜひ何とかっ! お手伝いさせて下さいっ」
こうなると、俺に目配せした上、アマンダさんは『折れて』くれた。
「……分かりました。そこまで仰るのなら……では従業員との兼ね合いもありますので、夕食の配膳と給仕だけお手伝いして頂けますか?」
全ての手伝いではないが……さすがにレベッカも空気を読んでくれた。
『折衷案』にOKしてくれる。
「夕食の……は、はい! ありがとうございますっ」
ここで俺が、レベッカへひと声かけた上で、アマンダさんへ申し入れをする。
「良かったな、レベッカ。アマンダさん、当然俺も一緒に手伝いますので」
「はい、分かりました、おふたりを歓迎します」
アマンダさんも快く了承してくれた。
これで、俺とレベッカは気持ち良く働ける。
「アマンダさん、ありがとうございます。前回も含め、度々、無理をお願いして申し訳ない」
「いえ! 何を仰います。こちらこそ! この前は、本当に助かりましたから」
「ありがとうございます、そう仰って頂くと、ホッとしますよ」
「いえいえ、でもケン様は幸せですよ。グレース様もレベッカ様も……前向きで本当に素晴らしいですから……では今、午前11時過ぎですので、午後3時前に厨房へいらして下さい」
優しく微笑んだアマンダさんは、静かに部屋の扉を閉めたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アマンダさんが去り……
部屋でふたりきりになると、レベッカは俺に抱きついて来た。
俺も優しく抱き締めてやった。
レベッカは抱かれながら、俺の胸へ、顔をすりすりしている。
本当に……可愛い。
自分の『暴走』をとても気にしているようだ。
「ダーリン、……勝手な事して、本当に御免なさい」
俺は怒ったりなんかしない。
それどころか、レベッカの気持ちが嬉しい。
「いや、全然構わないよ。アマンダさんの言う通り、お前は前向きで素敵さ」
「…………」
「夕飯の手伝い、ふたりで頑張ろうな」
「はい……」
ふたりきりになったせいか、レベッカはまるで、猫のように甘えている。
何だか気持ちが、どんどん高ぶっているみたい。
レベッカは俺の胸にうずめていた顔を上げる。
俺を「じっ」と見て、とても切ない表情をする。
ああ!
ホントに、こいつ可愛い。
またも思いっきり、抱きしめたくなるじゃないか。
と思っていたら、とどめの決めセリフが来た!
「ねぇ……ダーリン、今夜いっぱい可愛がって……」
ならば!
「ああ、俺も遠慮なく甘えさせて貰うぞ」
「うふ……私にいっぱい甘えてね」
「おう!」
「ねぇ……ダーリン、私……グレース姉にあやかりたい……今度はイーサンの妹が……ベルみたいな可愛い女の子が欲しい」
「お、おう!」
俺が少し噛んで返事をすれば、レベッカが申し訳なさそうな顔をする。
「……ごめんなさい、プレッシャーかけちゃって……赤ちゃんは神様次第だものね」
「いや、今夜は頑張るよ、ありがとう、レベッカ」
「ダーリン! こ、こちらこそ……王都へ連れて来てくれてありがとう……ううん、私の前に現れてくれてありがとう……命を助けてくれてありがとう……そして、お嫁さんにしてくれてありがとう」
「ありがとう!」をいっぱい唱えるレベッカ。
いくら言っても、言い足りないって顔をしてる。
目も、凄くうるうるしている。
俺と出会ってからの思い出が、一気に駆け足でやって来たらしく、感極まっているみたいだ。
レベッカ……お前……
いや、いや!
こちらこそだ!
超が付くくらい、いっぱいの、ありがとうだよ。
お前と出会えて、結婚出来て、本当に良かった!
と、その時。
何というタイミング。
ぐ~。
ぐ~。
俺とレベッカ、ふたりのお腹が盛大に鳴ったのだ。
そういえば、そろそろ昼食の時間だった。
レベッカが俺を見つめてる。
うん、お前が何を言いたいか、望んでいるのか、俺にはすぐ分かるぞ。
「よ~しっ! グレースと食べに行った美味い露店へ、飯食べに行こう」
「はいっ!」
今の俺とレベッカは、ツーと言えば、カー、以心伝心だ。
ふたりで、お互い見つめ合って、満面の笑みを浮かべたのであった。