第39話「思い出の授業①」
文字数 2,431文字
正門に見立てた丸太を、左右に立て……
その丸太に、『学校』と書いた大きな渋い表札も付けたら、ただの空き家が学校っぽくなった。
不思議でもあり、嬉しくもある。
これで毎朝、登校する子供達が発する、
「おはようございま~す!」なんて挨拶の声が響く?
いや、それが……毎朝は響かないんだ。
残念ながら、俺の前世の学校のように、毎日授業を行うわけにはいかない。
散々検討し、調整した結果、毎週2日で火曜日と木曜日の午前10時開始で行う事となった。
本当は、毎日授業を行いたい。
だが……各所、各自、様々な事情がある。
大人は勿論、子供まで……
誰もが『仕事』を持っているボヌール村では、いくら考えても現実的ではない。
だから、今回は見送るという形に。
授業開始を午前10時にしたのは、子供達が早朝の仕事を終えてから、参加出来ると想定しての設定。
そこから45分の授業と15分の休憩の2セットで、お昼12時の終了とした。
但し12時から、担当教師と参加生徒全員での食事会、いわゆる給食を行う。
もしも俺が生徒だったら、この『給食』が一番の楽しみとなるに違いない。
なので、正確な終了は午後1時過ぎとなる……
その代わり、と言ってはなんだが……
祭りの時同様、費用は全て村持ち。
学費は勿論、備品と文具に至るまで全て無償とした。
ちなみに、学校の運営費には村の金だけではなく、オベール家からの援助も入っている。
何故なら、このボヌール村の学校は、規模こそ私塾レベルだけど、オベール家公認、正式な学校であるから。
さてさて……
今、俺は教室に居る。……
『校長』として冒頭の挨拶も、約30秒で極めて簡単に済ませた。
理由は簡単。
子供の頃通っていた小学校の行事の際、
校長や来賓の、いわゆる『お偉いさん』がする、長い長い挨拶が大嫌いだったから。
今でも思い出す……
ひどい事に、炎天下の校庭でやった時など、あまりの暑さと長さに倒れる子も数人居た。
あの親爺たちは、自己満足とくだらないパフォーマンスの為に、聞くに堪えない演説をしていたのだ。
子供の健康の事なんか、全然考えていなかったんだと。
考えれば、考えるほど腹が立つから話題を変える。
ちなみに記念すべき開校日なのだが、俺は教師をやらない。
明後日の木曜日、アンリとふたりで、2時限目に行う社会科教師の担当である。
なので今朝は、後方から授業を見守っていた。
同じく傍らには、クッカとクーガー、そしてサキが居た。
念の為言っておくけど……
このメンツは、全く偶然の組み合わせなんだ。
でも……
ああ、何か不思議な気分。
とても運命的なものを感じる。
だって!
今の俺は……
結婚した『3人のクミカ』と一緒に、我が子を見守る、授業参観へ来た親そのものなのだから。
もしも無事に故郷へ帰っていれば、生きていたであろうクミカと結婚し、ふたりには、子供が生まれていたかもしれない……
俺は、想像する……
生まれた子供は、すくすくと元気に成長し、近くの小学校へ入って……
俺とクミカは親として、わくわくして授業参観に……なんて……
もしかしたら本来歩んでいた道、そして果てにあった未来を、この異世界で、今まさに体験している……
そう思うと感無量だ……
創世神様と管理神様、関係各所に感謝します。
さてさて……
記念すべき、初日しょっぱなの授業は国語。
つまり読み書き。
教師役はグレース。
国語教師は、幼い頃から小説好きな、グレースのはまり役だ。
「良かったら先生やる?」って聞いて、
最初はきょとんとしていたグレースではあったが……
模擬授業の練習を重ねて、とても『やりがい』を感じたらしい。
教壇に立つグレースは、大空屋の『女将』をやっている時と全く同じ、生き生きとした表情をしている。
ちなみに同じ国語担当のソフィとは交代制。
今日は、彼女に愛娘のベルティーユを預かって貰っている。
やがて午前10時となり、授業が始まった。
出席人数は全校生徒フルの16人。
有難い事に、欠席者はなし。
これって、素晴らしい事だ。
そもそも普段、村の子供達だって各家庭の大事な戦力。
我がユウキ家を見ても分かると思うけど……
ウチの子同様、家事、農作業等々と大人顔負けの仕事をしている子も居る。
本当は抜けられたら、収入に差し障り、困る家もある。
しかし……
子供の親達も頑張って協力し、授業を受けられるよう、スケジュールの調整をしてくれた。
可愛い我が子の成長の為に……
村長の俺には、それが凄く嬉しい……
そんな事をつらつら考えて、教壇を見れば……
「すっく!」と立った、超美人教師グレースの、綺麗な声が響いている。
最初は、文字の認識と発音という基本から。
我が子を含め、様々な年齢の子達が、少し緊張しながら一生懸命に聞いている。
何となく分かるかもしれないけど……
年齢バラバラの子供達には、習得度の差がある。
ちなみに子供達の中で、タバサとフィリップはほぼ読み書きが出来る。
だから今日は30分授業をして、残りの15分はタバサとフィリップも、グレースをフォローして教える形に。
いろいろな世代の子供達が……全員で協力し合って学ぶって、凄く良い雰囲気。
うん、ボヌール村の学校は、上々のスタートじゃないか。
そして俺も明後日行う、社会科の授業をしっかり盛り上げなきゃって思う。
クッカ、クーガー、サキの『クミカ達』と頷き合い……
俺はグレースが行う授業、そして熱心に授業を受ける子供達を、そっと見守っていたのである。