第37話「素敵な関係」
文字数 2,140文字
フィリップが来村して、3週目に入ると……
彼は、ますます村の暮らしに慣れた。
村民全員が、文句なく納得するくらいの溶け込みっぷりだ。
まるで村に生まれ育った、プロパー?の村民みたい……
やれる仕事も、どんどんランクア~ップ。
父オベール様と既に狩りの経験があったので、ボヌール村での兎狩りデビューも問題なしだった。
その際、狩人が使う弓を初経験。
武器に関しては、剣しか経験のないフィリップは、生まれて初めて扱った弓矢に興味津々となる。
師匠役のレベッカにせがみ、日々徹底指導を受け、練習に熱中していた。
商人志望へと傾きつつある自分の息子イーサンと比べたのか……
一心不乱に弓を練習するフィリップを見て、レベッカが羨ましそうに苦笑したのは……絶対内緒にしておこう。
まあフィリップだけではなく、今回の旅ではいろいろと『戦い』を経験した子供達は……
『愛する家族と仲間を絶対に守る』という意識が強く強く芽生えたようだ。
前にせがまれた通り、タバサ達女子も武道の訓練を申し出て来た。
こうなると、俺とクーガーからは剣の訓練を受け……
更に俺、クーガー、ミシェルを師匠として、拳法の訓練までも始まった。
こうした子供達の『訓練』に触発され、何と、新たに移住した大人も参加して盛り上がる。
自身が強くなりたいというより……
村を自分達で守るという意識が、全体へ浸透しているようだ。
元々フィリップは、城館で俺から剣の手ほどきを受けていた。
なので、他の子供達への指導役、つまり『師範代』としても活躍する。
また弓矢同様、初めて拳法を経験して吃驚。
初歩である身体のさばき方や防御から始めて、攻撃は簡単な突きと蹴りを覚えて感動していた。
そしてフィリップはレオ、イーサンと共に、数時間ながら『門番』デビューも果たした。
男子3人で物見やぐらへ上り、遠い地平線を見つめる。
ガストンさん、ジャコブさんに見張りの手ほどきを受ける。
『守る仕事』への第一歩も踏み出したのだ。
こうしたフィリップの成長の様子は……
表向きは魔法鳩便で報せ、裏では例の夢魔法で実際に親子を会わせる形で……
オベール様とイザベルさんへは、こまめに報告を入れている。
当然ふたりとも、愛息の著しい成長を見て聞いて、凄く喜んでいる。
頃合いを見て……
例の『妹が欲しい』の一件を、俺がこっそり話したら……
ふたりとも非常に困っていたけれど……
何か後で相談していたみたい。
え?
ふたりは、何を話したのか?
内容?
ダメダメ。
そういう夫婦の内緒話には、第三者が立ち入らない方が良い。
聞こうとするのは野暮。
まあ、話を変えようか。
手前みそだが……
フィリップがこうしてボヌール村で上手く生活しているのは、我が家族のサポートも大きい。
以前のテレーズこと、ティターニア様等々のサンプルケースがあったのはラッキーである。
俺達がいろいろな経験を積んでいたから、預かったフィリップへの対応が、上手く出来たと思う。
さすがに、怪我とかをさせたらまずいから、けして気は抜けないけど。
でも、テレーズと、フィリップには決定的な違いがある。
信頼に関しては、ふたりとも同じくらい『深い』とは思う。
うん、確かにテレーズとは、深い心の絆を結んでいる。
それは間違いない。
でも、ふたりが俺達と同じ人生を、旅する旅人だとしたら……
テレーズは俺達にサヨナラを告げ、既に別の道へ旅立った者である。
オベロン様と共に固い『再会の約束』をしたし、ふたりの村への再訪を絶対に信じてはいるが……人生をずっと共にするわけではない。
対してフィリップは……
ヴァレンタイン王国からの特別な指示、すなわちオベール家への管理地変更の命令などがない限り……
俺達ボヌール村の村民とは常に、且つ一生付き合う未来の領主……
つまり人生の旅を、ずっと共にして行く。
通常、領主と領民の関係はとてもドライだ。
俺が中二病で得た知識では大概そう。
ここヴァレンタイン王国も例外ではない。
領民の事情も考えず、容赦なく税金は取り立て、様々な規制をかけ、自由を押さえつける。
領民をまるで人間扱いしない領主も、この王国では珍しくないようだ。
しかし……
未来の領主で身分違いな貴族とはいえ、フィリップは俺達の身内である。
幸い、性格もとても優しい。
当然、俺達ボヌール村の村民全員は、彼としっかり深い絆を作りたい。
オベール騎士爵家とボヌール村が共存共栄で、未来永劫上手くやっていければ良いと願う。
だけど、そんな事を俺が最初から口に出せば……
「村での暮らしは、計算づく?」
と、フィリップは興醒めしていただろう。
村民だって同じく、醒めたに違いない。
未来の領主フィリップの、村における小細工なしの生活。
その結果、両者が自然に愛し愛される、素敵な関係になるのが最高だと……
村長の俺は、考えていたのである。