第35話「似合うでしょ?」
文字数 3,465文字
本来のアンテナショップオープンの、最大目的の第一歩を踏み出したともいえる出来事が。
それは何かといえば……
俺達の店『エモシオン&ボヌール』で働きたい、という新たな希望者が来たのである。
それも、結構な人数が。
クラリスがデザインした、カフェのお洒落なメイド服に憧れたのか、希望者は若い女子が圧倒的に多い。
中には「ボヌール村って素敵」という雰囲気まで醸し出している人も。
俺と嫁ズは勿論、ジョエルさん達が狂喜乱舞したのは言うまでもない。
但し、焦りは禁物。
だって「村に住みたい」と明言したわけじゃないから。
あまり先走り過ぎて、以前カルメンが「ドン引きした」時みたいにならないよう、注意はしている。
そうそう、カルメンといえば、彼女の日常も、また大きく変わった。
女冒険者カルメン・コンタドールは、俺達の店だけではない。
今やエモシオンにとって、なくてはならない人材となったのである。
当初は、すもうの試合の時に結構ごねて、少々マイナスイメージのあったカルメンではあったけど……
その後に男子すもう大会が、暴走騎士フェルナンの理不尽な抗議により混乱した際、クーガーと共に鮮やかにケアした事は記憶に新しい。
更に『エモシオン&ボヌール』では、愚直ともいえる、真面目な仕事ぶりが評判となる。
そんなカルメンのひたむきさ、真っすぐで優秀な仕事ぶりを見た、イザベルさんが……
「ぜひ、我がオベール家の従士へ!」と誘ってくれたのだ。
それも『副従士長』という破格の待遇で。
誘いを聞いたカルメンは、ショップの仕事が大好きだったから、相当悩んだみたいだが……
自分が直接オベール家へ関わる事で、エモシオンが良くなると考え、仕える事を決めた。
但しカルメンは、母がエモシオンの出身とはいえ、オベール家生え抜きの部下達から見たら完全な外様である。
イザベルさんの決めた事とはいえ、いきなり副従士長という厚遇は、微妙。
心配したオベール様の提案で、イザベルさん、俺の3者が協議。
今居る従士長を含めた部下達への影響も考え、1か月の見習い期間を経る事となった……
しかし、結論から先に言うと問題はなかった。
生え抜きの部下達と、
1か月後、カルメンは正式にオベール家の副従士長となり、エモシオンの町の実質的な運営にもかかわる事となった。
まあ、俺はあまり心配してはいなかったけどね。
『エモシオン&ボヌール』で一緒に働いてみて分かったが、カルメンは協調性もしっかりとあったから。
元々、竹を割ったようなさっぱりした性格だし、強い癖に凄く礼儀正しいので、オベール家でもすぐ打ち解けたもの。
いつのまにか、生え抜きのおじさん部下達からも『
こうなると、オベール家宰相の俺も、仕事がやり易くなる。
今迄やっていたたくさんの仕事も、カルメンと分担出来たので、細かい部分も目が行き届くようになったのだ。
カルメンとじっくり話し合い、特に彼女へ任せようと考えたのは、町の治安面である。
町内では、以前エマが遭遇した災難、つまり『ならず者』が乱暴狼藉を働かないよう、従士と衛兵のパトロールを大幅に強化。
町外では山賊強盗、ゴブリンやオークなど、跋扈する外敵の討伐を頻繁に行い、商人や旅人が難儀しないよう街道の安全を確保した。
うん、平穏で住みやすい町、エモシオンって……素晴らしい。
このようにエモシオンが住みやすい町になれば、ボーヌル村にも絶対に良い影響が出る。
何たって、共存共栄の間柄なんだから。
やがて……
カルメンの冒険者時代の仲間で、信頼出来る者も数人加わり、エモシオンと近辺の治安は著しく良くなった。
つれて、ボヌール村近辺の治安も良くなったのは言うまでもない。
うん!
ここいらで、総括しよう!
今回は、素晴らしい結果が出た。
最大目標である、ボヌール村への新たな移住希望者は、すぐ確保出来なかったけど……
全然構わない。
だって、アンテナショップの素晴らしいスタートダッシュは勿論、カルメンを含めた優秀な人材も獲得出来たから。
オベール家生え抜きの者達もやる気を出し、何人かは配置転換をして、新たな生きがいを見つけ、頑張っている。
そして、あまり触れなかったけど、市場と商店会の方で行われたイベントは大成功。
報告を聞いたら、各所で結構な売り上げをあげたし、人材募集の方もバッチリだったそう。
今迄働いていなかった町の人や、町外からやって来た人により、人手不足はだいぶ解消された。
うん!
俺達の『祭り』は大成功を収めたと、断言しても良い。
来年も、ぜひやりたいと思う。
もっとパワーアップしてさ。
そして、後日談をもうひとつ。
オベール家の副従士長となり、町に来たばかりの時と比べ、とても忙しくなったカルメンではあったが……
イザベルさんに了解を貰い、アンテナショップ『エモシオン&ボヌール』の仕事は続けている。
当然ながら、以前より出勤の頻度は減ったが、「絶対にやめない!」と言う。
その理由のひとつが……ある日、はっきりした。
カルメンに、「亡き母が愛した、エモシオンの宣伝をず~っとしたい!」という気持ちがあるのは勿論だが……別の理由もあったのだ。
「おお、美味いな!」
「本当!」
「凄い! お代わり!」
今……
俺と、サキを含めた今月の当番役数人の嫁ズが居るのは、
『エモシオン&ボヌール』の2階にあるカフェである。
テーブルに並んでいるのはエモシオンの郷土料理と、あの特製ハーブ料理。
そして、舌鼓を打つ俺達の傍らで……
いつものごつい革鎧ではなく、純白の素敵なコックコートを着て微笑む、大柄な美人が居た。
そのコックコートの『美人』を見たサキが、思わず言う。
「凛々しい! カッコいい! メイド服より、コックコートの方が凄く似合うよ」
「ふふ、似合うでしょ?」
サキから褒められ、悪戯っぽく笑う、この女性は……
何と!
カルメンである。
彼女は日々忙しい中、『エモシオン主婦軍団』と『我が嫁ズ』へ弟子入りし、猛特訓。
遂に、エモシオンの郷土料理、そして特製ハーブ料理を完全習得していたのだ。
以前このカフェで、カルメンは……
サキから勧められ、喜び勇んでメイド服を着たが、全く似合わず撃沈……
『歓迎代わり』に笑われた事があった。
聞けば、「いつか、このお返しをしよう!」と密かに計画を練っていたらしい。
カルメンは、サキへ優しく微笑む。
「いろいろありがとう。サキちゃんのお陰だな」
「え? 何が?」
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自分の熱心な『引き止め』が原因で、カルメンの運命が大きく変わったのを自覚してはいない。
「ははは、何でもない。……サキちゃん、これからも宜しくな」
「うん、良いよっ! こちらこそっ!」
サキは返事をしながらも、料理をぱくつく。
自分の作った料理を美味しそうに頬張るサキを、カルメンは慈愛を籠めて見守っている。
「うふふ、サキちゃん。料理を作るって良いな。冒険や接客とはまた違う、喜びや奥深さがあるぞ」
「は? カルメンさんったら、何、難しい事言ってるの? 料理はね、見た目が綺麗で、可愛くて、凄く美味しければ良いのよ」
「あはは、そうだな」
「うん! 美味しい! カルメンさん、凄く美味しいよっ」
「ははは! サキちゃんにそう言って食べて貰うと、あたしも凄く嬉しいよ」
亡き母の故郷を訪ねて来た、逞しく美しい女冒険者カルメン。
彼女は、晴れやかな笑顔を浮かべながら……
『美味しい料理』という、歓迎返しの『リベンジ』を果たしていたのであった。
※『アンテナショップとお祭り』編は、これで終了です。
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