第44話「告白」
文字数 2,828文字
というか、殆どフィリップが話し、俺は聞き役に徹していたけれど。
話した内容は大部分が、フィリップが体験した村の暮らしの事。
傍から見て、よ~く分かっていたけれど……
改めて話を聞けば、「やっぱり!」って感じだった。
オベール騎士爵家の『箱入り息子』だったフィリップにとって、普通の農民の暮らしは驚きの連続だって。
でも……
頑張り屋で前向きなフィリップは、『全てが新鮮且つ面白い』と受け止めている。
特に、村の子供達と一緒に遊ぶのは「とても楽しい!」と目を輝かせた。
だから、「ボヌール村は最高!」なんて言ってる。
更に話は弾み……
いきなり、フィリップは俺を称える。
「兄上って、凄いなぁ」
「俺が凄い?」
「はい!」
「何が凄いの?」
と、聞いてみれば……
フィリップは、ぽつり。
「ママ達、……お嫁さん」
「嫁? 俺の?」
「はい! だって! 9人全員、兄上のお嫁さんでしょう?」
「あ、ああ……そうだな」
フィリップは、一体何を言いたいのだろう?
俺が曖昧に返せば、
「良く、喧嘩しないなって……みんな仲良いから」
「そういう事か。成る程、喧嘩ねぇ……まあ、あまりしないなぁ」
フィリップが、言いたい事は理解した。
確かに……
俺の嫁9人はお互い、殆ど喧嘩をしない。
完全に喧嘩ゼロってわけではなく、たまには口論くらいする。
だけど最後は理解し合って、「しゃんしゃん」って手打ちになる。
まあ……
以前も、ねぎらったように、第一夫人であるリゼットの『調整力』が非常に大きいと思う。
しかしフィリップは何故、急に?
「フィリップ、どうしていきなり、そんな事を言うんだ?」
「うん、学校で」
「学校?」
「昨日ね、アメリーちゃんが怒ってた。レオがね、イネスちゃんと話していたら、駄目だって」
レオが、『彼女』のアメリ―ちゃん以外の女子と話すのが駄目?
それって……焼き餅だ。
驚いた俺が、
「へぇ!」
と言えば、まだまだ話には続きがあった。
「アメリーちゃん、怒って、レオの手を掴んで引っ張ったよ」
「おお、凄いな」
「だけど、僕も怒られた」
「え? お前も」
フィリップも?
怒られた?
誰に?
まさか……
「うん! タバサちゃんと話していたらね、セリアちゃんから、他の子と話しちゃ駄目だって」
おお、こっちもか!
ちなみに、イネスちゃん、セリアちゃんというのは、少し前に移住して来た新たな村民の娘だ。
「うわ、それも凄いな」
さすがに、俺は吃驚してしまった。
子供の世界でも、いろいろあるって。
幼いながらも、嫉妬心は大人と変わらないんだ。
思い起こせば、俺はクミカと遊ぶまで女子を意識しなかった。
というか、男女のグループがしっかり分かれ、『垣根』もあって、女子からは構って貰えなかったから。
その後、故郷を出て都会へ行ってから、単なる『友達』はいたけど、『恋人』は居なかった……
遠い目をして、俺が自分の記憶を手繰っていたら……
フィリップが尋ねて来る。
「兄上! 村へ行ったら初恋の話、僕にしてくれるって約束……」
そうか……
「ボヌール村で、俺の初恋を話す」と約束していたっけ……
「ああ、そうだったな」
と、頷いた俺へ、フィリップが念を押す。
「兄上の初恋、5歳って、言ったよね?」
「そうだ。よし! じゃあ話そうか」
「うん!」
こうして……
俺はフィリップとの『約束』を果たす事となったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺の初恋……
クミカとの悲恋。
俺は、彼女との出会いから話し始めた。
フィリップは身を乗り出し、食い入るように俺を見つめている。
実は彼へ初恋の話をすると約束してから、俺はこの日、この時がいつ来ても良いように準備をしていた。
つまり草野球を見ていた時に、クミカと出会ったとか、この異世界で説明がつかない部分を上手くアレンジしておいたのだ。
5歳のクミカと出会い、仲良く遊び、子供ながらに結婚の約束をしたまでは良かった。
しかし……
両親の離婚により、俺がクミカへ別れも告げず、急遽ふるさとを後にした話には非難するような眼差しを向けて来た。
「兄上、……それは、ちょっと酷いです。クミカちゃんが……可哀そうです」
俺は、いいわけをするつもりはない。
但し、フィリップへ分かり易いように話すつもりだ。
「お前の気持ちは分かる。俺もそう思う」
「…………」
「だけど、良く考えてみてくれ」
「…………」
「前にも言ったが……当時の俺は5歳。今のお前より下だ。お前もパパとママには逆らえないだろう?」
「…………」
俺の言葉を聞き、一応理解はしたみたい。
だけど完全に納得はしておらず、無言で俺を睨み、不満そうに唇を噛み締めていた。
そんなフィリップを見据え、俺は淡々と話を続けて行く。
「有無を言わさず、俺は母親により都へ連れて行かれた。例えれば、フィリップ。お前がいきなりエモシオンから、王都セントヘレナへ連れて行かれるようなものだ」
「え? 王都? 遠い……です」
「俺だって、そうさ。急にふるさとを離れて、遠い都へ行くなんて、全く予想していなかったよ」
「…………」
「仲が良いと思っていた父と母が結婚をやめ、別れたショック。住み慣れたふるさとを離れたショック、大好きなクミカと会えなくなったショック………当時の俺の心には様々な……深い傷がついたんだ」
「…………」
「傷つき、
「…………」
「だが……ふるさとへ帰ろうと、便りを入れた際、既にクミカが事故で死んでいた事を知った」
「…………」
「今迄生きていた中で、一番のショックだった。俺がもしクミカを忘れておらず、もっと早く帰っていたら……会えて、昔交わした結婚の約束を果たす事が出来たら……彼女の運命は変わり、死なずに済んだかもしれない。そう考え、散々自分を責めた」
「…………」
「俺はクミカの死を知って、ふるさとへ帰る気持ちがなくなってしまった。……それであてもなく旅に出て、ボヌール村へ流れついたんだ」
「あ、兄上……」
俺の初恋の結末が、期待していた淡くほろ苦い思い出という『ハッピーエンド』ではなく……
どうやら完全な『バッドエンド』だと知り……
責めるように俺を見ていたフィリップは一転、切ない眼差しを向けて来たのであった。