第8話「さあ、頑張ろう」
文字数 2,110文字
俺とクッカ、クーガーは昨夜の、オークとの激闘の気配を微塵も見せず……
他の嫁ズも交え、オベール一家と城館の大広間で朝食を摂っている。
食事も、終盤に差し掛かった時。
オベール様が、いきなり「ポン」と手を叩いた。
どうやら、急に何かを思い出したようである。
そして、
「婿殿、悪いが今日、客が来る」
「客?」
オベール様がわざわざ断るなんて、一体、誰?
と思ったら。
間を置かず、
「おっと、違う! そうだな……正確に言えば客ではない。実は後輩の息子なんだ」
後輩?
ああ、もしかして……
俺は、記憶の糸を
だいぶ前、オベール様が言っていたっけ。
ドラポール伯爵家の悪事を、いろいろ教えてくれた貴族の後輩が居ると。
聞いて、俺は思った。
その後輩さんって、遠く離れた王都の状況を知る事が出来る、オベール家の貴重な情報源だって。
わざわざ遠く離れた先輩に教えてくれるなんて、相当親しい間柄か……
もしくはとても大きな、利害関係があるのかもしれない。
そこまで思い出して、相槌を打ち、オベール様へ言葉を返そうとしたら……
イザベルさんの美しい眉が、険しそうに「ぴくり」と動いた。
「ああ、来るな」と直感する!
そうしたら、うん、やっぱり。
オベール様へ、『教育的指導』が入る。
「貴方! あの子の事、ケンに伝えては、いなかったのですか? 領主として、部下たる宰相への連絡は徹底して下さい」
「おお、済まん。すっかり忘れていた」
「けろっ」と、オベール様は言い切った。
悪びれるどころか、いつものように、にこにこ笑っている。
……ああ、羨ましい。
俺の素である神経質めな性格では、こんなに「しれっ」と言うのは無理。
習得したスキルを使って、何とか平静さを保ってという感じである。
こんな風に平気で言える人って、絶対に悩みが少ない……筈。
でもイザベルさんは、さすがに「いらっ」と来たらしい。
顔をしかめながら、俺へ補足説明してくれる。
「もう、クロードったら! ケン、御免ね。今日来るのは王都に居る、後輩の息子さんで、騎士見習いの子なの。暫く当家で修行するわ」
はい!
了解っす。
ちなみに、クロードっていうのは、オベール様のファーストネーム。
俺は、いつも名字のオベール様と呼んでいたから。
まあ、そんな事はどうでも良くて。
後輩の息子さん、それも騎士見習いの子が、このエモシオンへ来ると……
趣旨は、その息子さんがオベール様付きの騎士となって、一人前の騎士になるまで、この家で修行。
そんな事情だから、到着したらオベール様から紹介して貰い、今後は同じ家臣同士仲良くやってくれ……
まあ、そんなところだろう。
はい!
状況は……把握しました。
「いえいえ、分かりました……で、こちらへは、どれくらいに到着するのですか?」
さすがにオベール様も鈍感ではない。
イザベルさんの怒りの波動を感じ、「ヤバイ」と思ったのだろう。
すかさず、到着時間を教えてくれる。
「ええっと、確か、今日の昼くらいだな」
昼って……じゃあ12時くらいか。
今はまだ午前9時前だから、時間はたっぷりある。
だったらお昼前に、城館へ戻れば良い……
今回のエモシオンには昨日を含め、3日滞在の予定だ。
あと2日しか時間がないのに、反してやる事はいっぱいある。
時間は、ちゃんと効率的に使わないと。
さあ、戦闘開始。
頑張らないと。
俺としては、まずはアンテナショップの件を詰めたい。
折角考えたアイディアだし、オベール家の了解も貰った。
最初にやる事は、無償提供された店の候補をチェックである。
その上で、出す店のイメージを固めたい。
当然、嫁ズの意見も聞きたい。
まあ午前中はそちらに注力。
午後から夜にかけては、宰相としてオベール家の政務と、フィリップの家庭教師役をこなさないと。
と、いうわけで。
「成る程! ではまだ時間があります。昨日頂いたリストをもとに、アンテナショップを出す店舗の候補を、見に行って来ます」
早速行動に移る俺が、オベール様には嬉しいのだろう。
「そうか! じっくり見て、好きなものを選んでくれ。奴が来たら報せる」
え?
報せる。
じゃあ、店舗チェック中の俺達へ、わざわざ人を寄越してくれるって事だ。
ありがたい。
時間を見計らって、戻らなくて済むのは。
俺達がどこに居るかは、リストの住所をチェックすればすぐ分かると思う。
でも、店舗候補を見る順番くらいは教えておこう。
俺の、ささやかな気配りである。
「了解です。じゃあ、この城館から遠い店より、順次見て行きます」
これで、『お使いさん』の移動距離が最も短くなった。
無駄足が減るだろう。
微笑むオベール様へ、俺も「にっこり」笑って返したのである。