第9話「魔法なんか無用」
文字数 2,182文字
俺の『愛』をいっぱい受けたクーガーは、たっぷり溜まっていた『ガス抜き』をしたかのように、すっきり。
傍らで……まだぐっすり眠っていた。
クールビューティーで元魔王のクーガーも、やはり今は生身の人間。
本人も知らぬ間に、ストレスが相当溜まっていたみたい。
これからも注意して、少しでも癒してやりたい。
「そっ」と、起き出した俺は、日課である朝の仕事を遂行。
水汲み、薪割り等々……
庭で黙々と作業を行っていたら……
「ダーリン……」
かすれた声が、背後から掛かった。
レベッカである。
まだ時間が早いので、周囲には……誰も居ない。
だから、丁度良い。
俺は安心させようと、声を返してやる。
「おう! もう大丈夫だよ、クーガーは」
「…………」
だが、俺が
辛そうな、「悲しい……」という波動が伝わって来る。
料理の件で、あんなに怒るなんて思わなかった。
クーガーに対して、「申し訳ない事をしてしまった」という、後悔の感情だ。
「ダーリン……」
「おう!」
呼ばれて、殊更元気に返事をした俺。
そんな俺に、レベッカは、
「魔法で、私の心って……読んだ?」
「読んでないよ」
俺は、きっぱり答えた。
レベッカは知っている。
というか、嫁ズは全員知っているけど。
確かに俺は、魔法を使って、人の心を読む事が出来る。
だけど、特別且つ緊急でなければ、いくら愛する嫁とはいえ……
むやみやたらと他人の心へ、『土足で踏み込む事』はしない。
「…………」
レベッカは「じっ」と俺を見ていた。
「そんな反応してるのは、やっぱり私の気持ちを読み取ったの? 魔法で?」って……表情をしている。
……でも俺は、彼女の心なんか読まなくても、昨夜起きた事件の理由は分かっていた。
だから、「さらっ」と言ってやった。
「理解出来るよ、お前の気持ちは……魔法なんか使わなくても」
「え?」
「だってさ、俺とお前は長い付き合いだろう。初めて出会ってから……どれだけ一緒に同じ時間を過ごしてる?」
俺がそう言ったら、何かレベッカは嬉し恥ずかし、複雑な表情をしている。
「う……」
「レベッカ、お前はクーガーに、特訓した自分の料理を、サプライズで食べて貰いたかった。そして美味しいって喜んで貰いたかった……俺達が白鳥亭でアマンダさんの料理を食べたように、一切の前触りなしで感動して貰いたかったんだ」
「…………」
「それにクーガーには……」
「…………」
「同じ立場でお互いに励まし合う嫁として、命を預けた信頼すべき戦友として、いろいろな事を教わる事が出来る、尊敬すべき師匠として……」
「…………」
「普段とても世話になってるって、感謝の気持ちも、示したかったんだ」
「ダーリン……」
「お前には、全然、悪気なんかない。逆に素晴らしいと思うよ、俺」
「…………」
「レベッカ、お前はさ、とっても優しい素敵な女の子だもの」
「…………」
「何かある度に、凄いな、敵わないな、って思ってた。でも、……たった一個くらいは、勝っても良いかな? って思ったんだろ、クーガーに」
「あう、あうううっ」
黙って、俺の言葉を聞いていたレベッカは、耐えきれず、泣き出してしまった。
すかさず俺は駆け寄って、優しく彼女を抱きしめる。
「うう、ダーリン……」
「大丈夫、大丈夫、クーガーだって、きっと分かってくれるさ」
嗚咽するレベッカの背中を、俺は「そっ」とさすってやった。
……俺が魔法を使わずに、レベッカの気持ちを理解出来たのは、長い付き合いは勿論、以前リゼットの話を聞いていたから。
俺、クッカ、クーガーに対する、他の嫁ズの気持ちを聞いたからだ……
リゼットは、言っていた。
凄い能力を持つ、俺達3人が、村を守る勇者みたいで羨ましいって……
中でも、クーガーをライバルと見て、強い女戦士を目指す、レベッカは特にそうだろうって……
確かに最初は、リゼットの言う通りだったかもしれない。
だけどレベッカは、もうそんな思いを超越していた。
今はクーガーに対し、嫉妬とか羨望を通り越して……同じ女として、心底惚れ込んでいるんだ。
でも……生来の負けず嫌いであるレベッカは、一矢だけ報いたくなった。
料理だけは、クーガーに勝ちたいって、思っただけなんだ。
後は全て、元魔王の素晴らしい才能を認めているのだから。
レベッカだけじゃない。
クーガーだって、そうなんだ。
レベッカに対して、「単なる親友を、遥かに通り越した深い間柄なのに!」って感じているから、信じていたから……
自分が『のけ者』にされたと思い込んで、あんなに怒ったんだ……
抱きしめたまま、愛する嫁へ、俺は呼び掛ける。
「レベッカ!」
「は、はい!」
「今日俺は、予定を変える。3人で狩りに行こう。思いっきり草原を駆けまわろう! そして今夜は……3人で一緒に寝よう」
俺の気持ちが、しっかり通じたんだろう。
レベッカは、涙を一杯に溜めたままの目で俺を見て、大きく頷いてくれたのだった。