第11話「虫相撲③」
文字数 2,791文字
「なにこれ?」
イーサンとレオがカブト虫を指差す。
何故、日本産のカブト虫がこの異世界に?
俺には、全くわけがわからない。
何故って、この異世界に生息するカブト虫は、もう何回か見たから。
日本に居るカブト虫とは、形状が全然違っていたもの。
前世において、超が付く虫好きな友人に見せて貰った写真の中に似た奴が居た。
確か西洋の、ええっと、ムナコブ……サイカブトとかいう種類だった筈……
そんな疑問はあったが、とりあえず後回し。
まず確認しなければ。
目の前に居るのは、確実に日本のカブト虫なのだから。
「おう! これはカブト虫だな」
「かぶとむし?」
「むしなの?」
「ああ、そうさ」
俺が、レオとイーサンに教えていた時であった。
突如、懐かしい気配が魂を満たす。
『はろ~、ひっさしぶり~』
このすっごいウルトラライトなノリ。
ああ、管理神様だぁ!
クッカとクーガーを、人間の美少女にして貰って以来だから本当に久し振りだよ。
そうだ!
まずは、挨拶とお礼を言わなくては!
『ご、ご無沙汰しております。あれからは管理神様のお陰で俺はとても幸せに……』
『ノンノンノン! 堅苦しい挨拶なんて抜きだよ~ん。それよりちょっとしたプレゼントをしたんだけどさぁ』
俺が真面目に話をしようとしたら……ストップされた。
相変わらず超フレンドリーだ。
でも何?
『プレゼント?』
ってまさか?
『うん! そのまさかだよ~ん。ここら辺のカブト虫をさ、君の居た日本産のカブト虫に入れ替えといたからぁ』
『え?』
驚く俺を、華麗にスルーして管理神様は話を続ける。
『君がさ、8人もお嫁さん貰って、その上7人も子供作ってこの世界の存続と繁栄に貢献しているからさ、ちょっとご褒美だよ~ん』
『ご褒美だよ~んって? カブト虫が、一体何のご褒美なんですか?』
『何だよ、鈍いなぁ。最近いっぱい昔の遊びをしているだろう? それの一環だよ~ん』
『昔の遊びって……ああっ!』
このカブト虫を使った昔遊び?
鈍い俺にも、やっと管理神様の言いたい事が分かった。
『漸く気付いた? じゃあ楽しく遊んで! 君の子供達の教育にもなる筈だからさ。特例で奥さんに僕からのプレゼントだって教えても良いよ~ん。じゃあね、ばっはは~い』
いつもの通り、言いたい事を言うと管理神様は即座に去って行った。
「どうしたの~?」
「ダーリン、何か居たの?」
俺と子供達が騒いでいるのを聞きつけて、クーガーとレベッカが近付いて来た。
獲物の血抜きの作業は、終わったらしい。
俺が黙って木の幹を示すとふたりの反応は対照的であった。
「おおっ、カブト虫じゃない! なっつかしいっ!」
目を細めて笑顔のクーガー。
片や……
「ぎゃああああ~っ!」
「え? ママ、どうしたの?」
悲鳴をあげるレベッカにきょとんとするイーサン。
「イイイ、イーサン、触っちゃ駄目! 虫はイヤ! 嫌いっ! 大嫌いっ!」
「なんで? かわいいよ」
俺も覚えがあるが、男子は概して虫好きだ。
ゴキなどの例外はあるが、カブト虫、クワガタは大人気である。
イーサンも例外ではない。
「ダーリンからも言って! 黒くつやつやした虫なんて危ないし気持ち悪いって!」
レベッカの意外な素顔だ。
狼や熊も怖れない女狩人が虫に悲鳴をあげる。
家に、あの『黒い奴』が出現すると大声で叫ぶのはお約束なのだ。
「大丈夫! あの黒い奴と違って汚くない」
「え? かさかさ素早く走るんじゃない? 刺したり噛んだりしない?」
「ああ、かさかさ走らないし、噛まないし、刺さないし、ついでに毒もない」
「だ、だって! や、やだ!」
「大丈夫だ、おいで、レベッカ」
「あうううう~ん、ダ~リ~ン」
「え? ママがパパにあまえてる?」
しなだれかかるレベッカを見て、イーサンは吃驚だ。
レベッカはクーガーほど厳しくはないが、普段は「きりっ」としているからである。
虫を毛嫌いするレベッカを安心させ、納得させるには説明が必要だ。
その為には、少し秘密を話さないと。
ちなみにクッカとクーガーの出自に関して、俺は嫁ズには話している。
最近グレースにも絶対に内緒でと話したら、最初は吃驚したけど泣いていた。
クミカの不幸と幸せを知り感動。
更に自分が家族として信頼されたのが嬉しかったらしい。
閑話休題。
急いで現場に戻ります!
「大丈夫だ、レベッカ。解説しよう、この虫はな、神様がプレゼントしてくれた虫なんだ」
「えええっ!? か、神様がくださった?」
「ああ、本来この虫はこの世界には居ない虫なんだ。生き物で遊ぶのはなんだけど子供の教育にもなるぞってありがたい言葉を頂いたよ」
「……そうなんだ……でも教育って?」
「ああ、この虫を捕まえて飼おうと思う」
「えええっ!? か、飼う!?」
「うん、但し飼うといってもほんの短い期間だ。生き物の世話をする事で子供達に命の大切さを伝える。今日は狩りを初めて見せて命を奪う事を教えただろう? それと対照的な事さ」
「……本当に……大丈夫?」
「ああ、大丈夫。飼うのだってせいぜい2週間くらいを考えている」
「その後は?」
「放すよ、この場所に返してやるのさ」
「この場所へ返す?」
レベッカが、首を傾げた時である。
クーガーが悪戯っぽく笑い、身を乗り出して来た。
「おっとぉ! ふたりで盛り上がってるねぇ」
「ああっ! ドラゴンママらんにゅう」
「ママ、えがお、にあわない」
子供達が一斉に囃したてる。
こうしてドラゴンママをいじるのは最早お約束であった。
「こらっ、イーサン! その渾名はやめろって言っているでしょ! レオ! こんなに可愛いママに向かって笑顔が似合わないって何!」
「わあっ! おこった」
「ドラゴンママがひをふいた」
「あはははははっ!」
クーガーと子供達のやりとりを聞いて、レベッカがつい大笑いする。
これはクーガーの作戦勝ちだろう。
俺とレベッカのやりとりを常人の数倍の聴覚で聞いたクーガーが即行で機転をきかせたのだ。
「レベッカ、この虫なら私も良く知っているよ。旦那様の言う通りだから大丈夫」
「ホントに大丈夫?」
クーガーにフォローして貰ってレベッカも安心したようである。
しかし、そこに落とし穴があった。
「うん、ほら」
「ぎゃああああっ」
雑木林にレベッカの悲鳴が轟く。
クーガーが、捕まえたカブト虫をレベッカの目の前にぶらさげたからであった。