第26話「サキの懇願」
文字数 2,167文字
俺には、カルメンの気持ちが分かる。
それに凄く偉そうな言い方だけど、彼女を見直した。
汚い言葉遣いとか、変にごねたりとか、約束したのに謝りもせず行ってしまった初対面の印象は、結構微妙だったけれど……
この店、『エモシオン&ボヌール』へ連れて来て、本当に良かったと思う。
カルメン自身も、はるばるこのエモシオンへ来れた事を「とても喜ばしい」と、
……感じているようだ。
まあ、いろいろあったのだろう。
仕事とプライベート両方に関して……
人間なんて、いつも聖人君主みたいにはいられない。
荒れる日だって、放っておいて欲しい日だってある。
だけどそんなバイアスがなくなれば、本来の人柄が出る。
カルメンだってそうだ。
今は、とても素直になっているもの。
「はい! ケン様の仰る通り、このエモシオンの町へ来れて嬉しかったです」
「で、どうかな? 少しは楽しめたかい?」
と、俺が聞けば、
「ええ、あたしは満足です。……残念ながら、すもうには負けたけど」
カルメンは苦笑していた。
先ほど、俺としたやりとりした事を思い出したらしい。
でも、すぐに晴れやかな表情になる。
「こんな美味しい料理も食べて……素敵な思い出も作れた。だから……もう王都へ戻ります」
「…………」
俺は返すべき言葉が出なかった。
告げるべき上手い言葉がないというか……
嫁ズも「しみじみ」したのか、皆、黙っていた。
カルメンは、沈んだ場の雰囲気を変えたいと言うかのように、「にこっ」と笑う。
「ケン様、料理の代金を払います。おいくらでしょう?」
と、その時。
「さっ」と勢い良く、手を挙げたのがサキである。
「ちょ、ちょっと良いですか?」
「サキ!」
俺が吃驚して名前を呼んでも、華麗にスルー。
身を乗り出す勢いで、カルメンへ迫る。
「お姉さん!」
「カルメンで良いよ……サキちゃん……だっけ?」
いきなり迫って来た初対面の少女に、カルメンは少し戸惑っている。
理由が分からない……から。
サキはもう、カルメンと正対して、距離は1mもない。
「はい! サキです! じゃあ、カルメンさん、言いますよ」
「な、何だい?」
「せっかく、お母さんの生まれ故郷の町へ来たんだから……もう少し居た方が良いですよっ!」
サキは熱く言う。
鬼気迫る表情で。
凄い気迫で。
いつもの、小悪魔っぽいサキとは大違いの、真剣な表情である。
すると、カルメンが、たじろいでいる。
百戦錬磨のつわもの、超一流の冒険者が。
「え?」
「絶対に! 絶対にっ! その方が良いんですっ!」
「いや、もう……あたしは……」
駄目を押すようなサキの言い方だが、カルメンの意思は固いらしい。
もしかしたら、これから大きな『依頼』が入る予定があるのかもしれない。
ここで俺は、興奮度MAXのサキを諭す。
「サキ、無理強いは良くない。カルメンさんにも都合はある」
だがサキは、またも俺を華麗にスルー。
勢いは止まらない。
「いいえ! もし居てくれるなら料理の代金など要りません。だからもう少しこの町に居て下さい」
ああ、料理の代金も不要って、勝手に……
でも、サキの様子は尋常じゃない。
だから『教育係』のクーガーも黙って腕組みをし、サキを見守っていた。
でも俺達同様、カルメンも、サキが懇願する理由を知りたくなったのだろう。
きっぱりと断らず、尋ねたのである。
「サキちゃん……何故、そこまで」
と、聞かれたサキは、すかさず。
「私はある事情があって……もう故郷へ帰れません。だけどカルメンさんはお母さんの故郷へ帰って来れた。だから私の分まで、というのは変ですけど……亡くなったお母さんの想いを汲んで、もう少しこの町を見てあげて欲しいんです」
おいおいおい!
「ある事情があって、故郷に帰れない」って、ヤバイだろう。
そんなこと言ったら、逆に突っ込まれるって。
だが、今のサキはなりふり構わずという感じだ。
多分自分の境遇を重ねて、カルメンへ物言いをしているのだろう。
サキの言葉に、気持ちが揺り動かされたのか、何とカルメンが黙り込んでしまっ
た。
少し驚いた。
俺には分かる……波動が伝わって来る。
何と、カルメンの心が揺れているのだ。
サキの熱い想いが、この女傑の心を動かしている。
「…………」
「カルメンさんっ! お願いしますっ!」
「…………」
「お願いっ!!! お願いしますっ!!!」
おお、更に駄目押しの駄目押し。
もしかしたら、カルメン自身、エモシオンに心残りがあったかもしれない。
何度も何度も頭を下げるサキの懇願に……とうとう、首を縦に振ったのである。
「……分かりました。もう数日だけ、この町へ滞在しましょう」
「あ、ありがとうございますっ!」
「うわ! 何?」
「サキに、ハグさせて下さいっ!」
よほど嬉しかったのだろう。
サキはもう我慢出来ずに、カルメンへ「ひし」と抱きついていたのであった。