第9話「フレデリカの成長」

文字数 2,843文字

 ひっくり返った古代竜(エンシェントドラゴン)は、ぴくぴく痙攣している。
 実は……ちょっとだけ手加減した。
 だから、奴の命に別条はない。

 フレデリカが、俺のわき腹をつんつん。

「ね、ねぇ、お兄ちゃわん」

「何だ?」

「何だ、じゃないわ。い、今のうちよ! あの古代竜(エンシェントドラゴン)に、(とど)めをさしておきましょう」

「…………」

「お兄ちゃわん、どうしたの? もし躊躇(ためら)っているのなら、私が魔法で燃やそうか?」

「おいおい、魔法で燃やすって……やめとけよ、フレッカ」

「な、何故!? あいつを倒さないとソウェルへの試練がクリア出来ないわ。ここへ来た意味がないよ」

「いや、もうここへ来た最大の目的は果たしてるよ」

「え? 何、最大の目的って?」

「お前の気持ちの問題さ」

「え? わ、私の?」

「おお、そうだ。もう……怖くないだろう?」

「う、うん……何とか……今は、あいつ動いていないから」

 フレデリカは、もう震えてはいない。
 落ち着いており、再び古代竜をそっと見た。
 倒れている古代竜は、相変わらず気絶したままである。

「俺には分かった」

「え?」

「お前のおじいちゃんが、俺達をここへ送った意図が読めたんだ」

「???」

 首を傾げるフレデリカ。
 ここはもう少し、説明が必要だろう。

「シュルヴェステル様がここへ俺達を送った最大の目的は、お前の心の弱さを直す為だ」

「私の心の弱さ……」

「俺達は自然の中では単なる動物に過ぎない。例えが微妙だがさっきのオーガと一緒だ」

「オーガと一緒?」

「ああ、あいつらは竜の餌だったろう。そして今、俺達も餌になりかけた、同じじゃないか?」

「確かに……そうね」

 フレデリカは、俺に同意して頷いた。
 話がだんだん見えて来たらしい。

「多分……お前は今迄に超が付くほど大事に育てられ、厳しいモノ、辛いモノからは一切遠ざけられて来た」

「…………」

 フレデリカは、黙り込んでしまった。
 事実なのだろう。
 即ち……沈黙は、肯定の(あかし)だから。

「創世神様が創った自然の摂理はときたま非情になる。その非情さを初めて目の当たりにしたお前はすっかり臆してしまった」

「…………」

「竜は怖い。それは仕方がない、肉食獣のあいつにとって俺達は餌だから。だがお前がソウェルとなるのなら、(ことわり)が怖いままじゃあいけないんだ」

「…………」

「お前は今それに気付いた。まだ恐怖は残っているだろうが、時間を掛ければ克服して行く事が出来る」

「そ、そうかな?」

「大丈夫、さきほどまでのお前とは違う、自信を持て。あと、これも言っておこう」

「な、何?」

「魔境は本来、俺達が戦う場所じゃないと思う」

「え?」

「ここは、竜を含めた魔物達が住まう場所だ。現在アールヴはゼロ、全く住んでいない。ここで戦いをするのは侵略だ。そう思わないか?」

「…………」

「俺達が戦うべきなのは……違う場所。暮らす人々が……大切な仲間が敵となる魔物の脅威にさらされている場所だ」

「という事は……私達はイエーラで戦えって事?」

「当たり! そうさ! 今、俺達がこう話している間にも難儀している人は居る。道に迷った仲間を導き、しっかり守るのがアールヴの長たるソウェルの役目だろう?」

「それ、分かる! お兄ちゃわんの言う通り。でも、お祖父様の命令に逆らって大丈夫かしら?」

「大丈夫、シュルヴェステル様はここに来いと言っただけだ。ずっと、とどまって試練を果たせとは言っていない。安心しろ、いざとなれば責任は俺が取るよ」

「そこまで言うのなら……」

「よっし、じゃあ、念の為、俺に捕まっていろ」

「え? 何をするの」

「ここに来た課題の仕上げさ。奴をお前の目の前で回復させる。このままではこいつ、無防備だ。他の奴に襲われてやられるかもだろう? 後味が悪い」

「ええええっ!?」

 俺は片手でフレデリカを抱き寄せた。
 そして空いた片手をゆっくり挙げる。

 瞬間、古代竜(エンシェントドラゴン)へ『全快』の回復魔法が発動されていたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 がはああああっ!

 俺の回復魔法で意識を取り戻した古代竜。
 すかさず起き上がった。
 そして、俺達を認めると大きな声で咆哮したのだ。

 正直、俺も少し怖い。
 何故ならば、『勇気』のスキルを発動していないから。
 理由は簡単。
 フレデリカに偉そうに言っておいて、自分だけズルしちゃ、いけないもの。
 代わりに今迄いろいろな竜と戦い得た勝利が、恐怖に囚われそうになる俺を奮い立たせている。
 実際、俺の目の前のコイツにも勝っているし。

「こ、怖いっ」

 片やフレデリカはぶるぶる震えている。
 怖いのは無理もない。
 この世界では、最大の『肉食獣』だろうから。

 だが……もしソウェルになるのなら……全アールヴを束ねたいと思うなら……
 こんな竜一匹、怖がってちゃいけない。

「大丈夫だ、よ~く見てみろ、フレッカ。襲って来ないぞ……あいつ、さすがに馬鹿じゃない。分かっているんだ」

「へ?」

 フレデリカは古代竜を見た。
 確かに襲おうとする気配はない。

 何故ならば、咆哮しながら、竜の目は語っていたのだ。
 俺に対する畏怖が籠っているのだ。
 『倒したお前が何故、わざわざ助けたと?』

 だから俺は答えてやる。
 意思の波動を奴へ送ってやる。

 俺はお前より強い。
 遥かに強い。
 助けたのは、気まぐれ。
 それも今回だけ。
 もしも、再び俺とこの子を襲ったらお前に待っているのは確実な死だと。

 古代竜は再び咆哮した。
 俺には分かる。
 この咆哮は俺の呼びかけを受け入れたという返事だ。
 証拠に古代竜は翼を広げ飛び立つと、あっという間に見えなくなってしまった。

 その場に残された俺とフレデリカは、咄嗟に張り巡らした魔法障壁の中に居る。
 当然俺が発動させたモノ。
 古代竜が『離陸』の際、巻き起こす風を防ぐ為だ。
 俺達はそれくらい古代竜の近くに居たのである。

「ああ、ちょっとだけ怖かった……でも行っちゃったね」

「おお、あのクラスの竜なら知性がある。俺の発した波動を理解したんだ」

「うんっ! 私にも分かった、お兄ちゃわんと竜の波動が」

「それにしてもフレッカ、最初みたいに怖がらずに良く頑張ったな、偉いぞ」

「うふっ、だってお兄ちゃわんと一緒だもん、だからもう怖くないっ!」

「そうか、偉いぞ、フレッカ」

「うふふっ、もっと褒めて、そしてまたご褒美……頂戴」

 フレデリカの欲しいご褒美か、……分かるぞ。
 
 俺は甘えるフレデリカをしっかり抱き寄せ、熱いキスをしてやったのであった。
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登場人物紹介

☆ケン・ユウキ(俺)
本作の主人公。
学校卒業寸前、22歳の時に突然謎の死を遂げ、管理神から、サポート女神付きの異世界への転生を打診される。いくつかの選択肢を与えられたが、結局新人女神クッカを選び、外見は15歳の少年として西洋風異世界へ転生。その際、究極ともいえるレベル99の力を与えられた。

結局、転生して流れ着いた先はヴァレンタインという王国の南方、辺境ともいえるボヌール村。その後、数奇な運命に翻弄され、苦難の末に幸せを掴んだ。
転生して約3年後の現在……『ふるさと勇者』としてだけではなく、『ボヌール村村長代理』としても、大車輪の活躍振り。愛する家族と仲間を守る為に日々奮闘中である。

☆クッカ・ユウキ(クッカ)
元々はケンが異世界へ転生した時に、管理神から付けられた新人サポート美女神。レベル99の力を使いこなせるよう、異世界に不慣れなケンを全身全霊でサポート。

出自に重大な秘密を持っており、その後、人間に転生。相思相愛で、ケンの妻となった。
ユウキ家長女タバサの母。ハーブの知識に長けた、優れた魔法使い兼治癒士で上級の力を持つ。

☆クーガー・ユウキ(クーガー)
突如ケンの住む異世界へ降臨した、クッカそっくりの美しい女魔王。クッカと同じく出自に重大な秘密を持っており、ケンに深く執着、世界を滅ぼそうとした。その後、人間に転生し、相思相愛でケンの妻となる。
ユウキ家長男レオの母で、上級の力を持つ優れた魔法使いで戦士。厳しい教育方針の為、子供達から怖れられ、付けられた渾名は『ドラゴンママ』


☆リゼット・ユウキ(リゼット)
ボヌール村村長、ジョエル・ブランシュの娘。

病気になった祖母の為にハーブを摘みに行った際、ゴブリンの大群に襲われ、絶体絶命のピンチに陥る。だが転生したばかりのケンに救われ、運命の出会いを遂げる。
現在はケンの妻でユウキ家第一夫人、母フロランス似のしっかり者。良妻賢母タイプの美人で、フラヴィの母。ライフワークであるハーブ園の経営にも力を入れている。


☆レベッカ・ユウキ(レベッカ)
ケンの妻のひとりで、イーサンの母。唯一ケンを「ダーリン」と呼ぶ。門番ガストンの娘で、整った顔立ちをしたモデル風スレンダー美人。弓術に長けた、優秀な戦士で狩人。結婚しても面食いで、イケメン好きは変わらず。
ケンと初めてした『デート』の際、超ツンデレな性格から、暴走。オーガに襲われ、危うく喰い殺されそうになるが、ケンにより命を救われ、ふたりは結ばれた。

☆ミシェル・ユウキ(ミシェル)
ケンの妻のひとりでボヌール村唯一の商店、大空屋の店主。シャルロットの母。経済感覚に長けた金髪碧眼の超グラマラス美人で、拳法の達人。
明るい性格故、表には出さなかったが、父を魔物の大群に殺され、生きる事に絶望していた。ケンとの出会いで立ち直り、本来のポジティブな性格で家族を支えている。レベッカとは親友同士。母のイザベルは、領主オベールの妻となった。

☆クラリス・ユウキ(クラリス)
ケンの妻のひとりでポールの母。リゼットの親友で、優しそうな垂れ目が特徴。顔立ち通り、大人しい性格の、癒し系美人。洋服作り、絵画、工作などマルチな才能を発揮する。ケンだけしか呼ばないが、別名ボヌール村の、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
子供の頃、両親を魔物に殺され、孤独に耐えて懸命に生きて来たが……農作業を手伝ってくれたケンにひとめぼれ。恋に落ち、見違えるように明るくなって、ケンに愛を告白し、結ばれる。


☆ソフィ・ユウキ(ソフィもしくはステファニー)
ケンの妻のひとりで、品のある凛とした美人。ララの母。
正体を隠す為、ケンの魔法で髪と瞳の色を変えてはいるが、実は領主オベールの愛娘ステファニー。貴族社会のしがらみから、寄り親へ『妾』として差し出される寸前に、ケンに救われて結ばれた。

☆グレース・ユウキ(グレースもしくはヴァネッサ)
 ケンの妻のひとりで、ソフィ同様、品のある凛とした美人。
 魔法で正体を隠してはいるが、実は元貴族で、ドラポール伯爵家令嬢ヴァネッサである。
 領主オベールの元・後妻でもあり、血の繋がらない娘ソフィことステファニーとは犬猿の仲だった。
 家の駒として3度も政略結婚をさせられ、心身が疲弊してしまったが……

 ケンに救われ、後に結ばれる。
 村で暮らすようになって、角が取れたのか、芯は強いが本来のおっとりした性格に……

 ユウキ家は勿論、村の子供達全員から、人気ナンバーワンのグレースママとして慕われている。

 ソフィとも和解、実の姉妹以上の間柄となった。

☆サキ・ヤマト(サキ)

16歳の少女。可愛いが、とてもわがままできまぐれ。

ケンが元居た世界・日本で暮らしていたが、不慮の交通事故で死亡し、転生。

管理神により、ケンとは違う異世界へ送られた。

サポート女神の休暇から、臨時の神様を命じられたケンが『担当』となり、いろいろ世話を焼くが……


☆管理神

ケンの住む異世界を含め、いくつかの世界を管理する神。

口癖に独特な特徴がある。

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