第6話「ミッドナイト☆ダブルデート」
文字数 3,136文字
オベール家における、一家だんらんの昼食は、平和のうちに進んだ。
いきなりポスターを隠され、大慌てしたオベール様も、俺が上手く念話でケアした。
心の中に話しかける念話という、とんでもない俺の魔法。
だが、ソフィことステファニーの救出に始まり、数々の魔法を見せつけられ遂に『免疫』が出来たのか……
村長ジョエルさんよりは、まだ空気が読めるオベール様は、俺のジト目視線からも、察してくれた。
「ポスターを公開したらやばい」という説得に応じてくれ、顔を引きつらせながら、何とか取り繕ってくれたのである。
片や、イザベルさんは大人。
夫の狼狽ぶりに、「何かあるな?」と気付いていたに違いないが……
俺が絡んでるのを見て、素知らぬ振りをしてくれたのだ。
そして、肝心の本題。
『アンテナショップ』の件は、既に『通って』いたらしい。
イザベルさんの許可は既に下りていて、最初から前向きな話になった。
但し、イザベルさんはしっかり計算をしていた。
無条件で、OKしたわけではない。
オベール家のメリットも、しっかり考えていたのである。
何故なら、出店にはいくつか条件が出たから。
大雑把に言えば……
エモシオン特産の商品も販売して、オベール家の統治する領地全体のアピールもする事。
優秀な人材の情報は、オベール家と分かち合う事、などである。
やはり、世間は人と金。
ボヌール村だけではなく、オベール家だって儲けたいし人手不足は深刻。
俺のアイディアに乗っかり、自家の繁栄を図りたいに違いない。
人手に関しては、俺なんかを『宰相』にするくらいだから……さもありなん。
こうして、いろいろ条件は、付けられたが……
その代わり、オベール様から提示された出資金と店舗に関しては、予想以上の好待遇である。
出資金は金貨500枚で贈与扱い、そして店舗はいくつか候補をあげられ、家賃は何と永久に無料。
これで出資金は都合金貨600枚となり、店舗の経費負担の心配もなくなった。
いくつかの懸案事項が解決し、また前進。
店員雇用の問題も含め、どんどん進めて行こう。
さて、今夜は最初の恩返しをしよう。
アンテナショップの資金集めという『実益』も兼ねているが、「さくっ」と魔物退治をして、エモシオン周辺を安全にしておかねば。
食後の紅茶を飲みながら、俺は大きく頷いていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その夜……
俺は散々迷ったが、結局クッカとクーガーを誘った。
今夜だけは特別だと……
当初は、俺と従士ベイヤールでやる予定の、魔物退治だったが……
クッカとクーガーが、クミカの記憶を少しずつ共有していると聞いて、新たな『思い出』を作りたくなったのだ。
以前、俺とクッカは数回、満点の星の下で幻想的なデートをした。
ふるさと勇者として転生した俺が、女神となったクッカ――クミカと天空を舞う素敵なデートをした。
凄く楽しかったし、俺にとっては一生忘れられないくらい素晴らしい思い出である……
一方、クーガーは深き地の底で魔王となり、真っ暗な闇の中で、俺達への嫉妬に悶え狂っていた……
想像するだけで、何だよ、この差は……と辛くなる。
俺を愛しながら堕ちて行ったクーガーが、とても愛おしくなる。
だから、クーガーにも楽しい思い出を作ってあげたい……
そう、思ったから。
3人一緒に魔物退治に行こうと誘った時、クッカもクーガーも吃驚していた。
だが、趣旨を話すと、快諾してくれた。
そして夜もとっぷりふけ、まもなく日付も変わろうとする夜半……
俺達3人は、エモシオンから少し離れた、草原に立っている。
風貌と恰好は例によって、本来の俺達とは全く分からないよう、大幅に変えてある。
こんな時間で、魔物が跋扈する場所に、人間など居ないと思うが念の為。
3人とも、闇に溶け込むような革鎧の冒険者風にしてある。
年齢も少し上げ、30歳くらいの粋な男ひとりと色っぽいアラサー女ふたりだ。
今にも、降って来そうな満点の星の下……
場所だけは違うが、クッカとデートした夜のシチュエーションに近い。
「これから魔物と戦うのに……凄いね、ロマンチックだね」
クーガーは、嬉しそうに星空を眺めていた。
ゆっくり顔を動かして、今にも降って来そうな大パノラマを楽しんでいる。
そして、クッカも遠い目をして微笑む。
「うふふ、懐かしいです。初めて旦那様が空を飛んだ時……あの時の私は幻影で、旦那様とキスどころか、手を繋ぐ事も出来なかった……」
クッカの告白に、すかさず反応したのはクーガー。
「あら? そうなんだ? それは辛かったろうね」
悪戯っぽく笑って尋ねるクーガー。
クッカも、にっこり笑って頷く。
「うん! でも次のデートではね、管理神様の素敵な、はからいで手を繋げたのよ」
「あは! それは良かった!」
クーガーも同意して頷くと、また視線を天空へ戻す。
「ああ、星空が凄く綺麗……うふふ、幸せだなぁ……私。本当に、生きていて良かった。ありがとう、旦那様」
本当に、生きていて良かった……
クーガーの、言葉には実感がある。
深い意味がある。
ここでいう死とは『合体』の事。
そう、もしも管理神様がD級女神クッカを主体にして、魔王クーガーの『合体』を行っていたら……完璧なS級女神クッカが生まれていた。
クーガーは消滅し、この世に存在していないから。
物思いに
「私も、貴女へありがとうですよ、クーガー」
「何が?」
可愛く首を傾げ、問うクーガー。
一方クッカは、期待した答えが返って来ず、ちょっと拗ねたような表情になる。
「何がって……分かりますよ。クーガーも旦那様と話したりしていないで、さっさと合体していたら、真の魔王になったんでしょ? そうなったらD級女神の記憶と経験を持った私も、この世界には存在しなかった……」
「そりゃ、そうね。たぶん合体後は……S級女神も真の魔王も全くの別人格だもの」
「うふ! 良かった! これって貴女の優しさっていう事ですよね? 凄く感謝しています」
クッカから、熱の入った主張。
だがクーガーは、あっさり否定する。
「あはは、違うわ。クッカったら、馬鹿ね」
心の底からの、感謝を見せたのに……
馬鹿と言われ、クッカは怒る。
「はぁ? 馬鹿? クーガーったら、よりによって馬鹿って何よ」
「うふふ、違うの。優しさなんかじゃないわぁ。実はね、貴女みたいなD級駄女神と合体しても、無駄かなぁと、ためらっちゃってさ」
「な、何ですって!」
とんでもないクーガーの茶化し&冗談。
でも俺には分かる。
クーガーの言葉には、クッカへの深い愛情が籠められているって。
あはは!
クッカとクーガーは、愛すべき喧嘩友達。
このノリは、一生変わらないだろう。
そんなお前達が、俺は大好きだ、愛しているぜ。
「さあ、そろそろ大空でデートをしよう! その後は、張り切って魔物退治だ」
「「はいっ!」」
返事が「ぴたり」と揃うなんて、やはり、ふたりの息は「ばっちり」
俺の合図と同時に、3人の身体は飛翔の魔法で「ふわり」と浮き上がる。
そして、あっという間に速度を上げ、星が満ちた天空と一体になったのであった。