第12話「レベッカと王都で⑥」
文字数 2,811文字
「うっわ! すっご~い!」
俺とレベッカは、ほぼ同時に大きな声をあげていた。
目の前には、結構な広さの空間が広がっている。
前世地球でいえば、大型体育館くらいありそうだ。
遥か高い天井から吊り下げられた、たくさんの超大型魔導灯が、煌々と空間を照らしていた。
商業ギルドの入り口から入って、受付の職員に聞いて案内されたのは1階奥の大ホール。
どうやらこのホールは、建物5階分まで吹き抜けになった造りみたい。
床は綺麗な板張り。
そこに大勢の人達が、大中小の簡易ブースのようなものを作って、俺達みたいな来訪者にアプローチをしていたのである。
出展者は、週ごとに変わるらしい。
だが約100名の出展者が毎日、このホールで説明&デモンストレーション&商談をしているという。
ちなみに入場は、ヴァレンタイン王国民なら無料。
無料だから、当然冷やかしも多いそうだが、来た人は楽しんでいるみたい。
うん!
楽しいのは分かる。
娯楽の少ないこの異世界では、ある意味、ワンダーランドといえるから。
まあ、これほど大掛かりなのは、明確な
それは、王国主導の企画だからである。
ギルド職員いわく……
この王都の商業発展の為に、王国宰相自ら、肝いりで企画した重要イベントだそうだ。
そして、このイベントの具体的な趣旨だが……
出展者である商会、商店、個人の職人の宣伝、扱い商品のアピール、人材募集など多岐に渡っている。
アマンダさんからこの商業ギルドのイベントの話を聞き、俺がレベッカを連れて来たのは、人材募集の部分で興味をひかれたから。
え?
俺達ユウキ家が、新たな仕事を見つけて、王都へ移住するのかって?
いやいや無理。
もう何度も言っているけど、俺は都会が苦手。
加えて、たま~に冗談で『家庭内取材』するけど、我が嫁ズも王都移住なんか断固反対。
本気でボヌール村命だし、身内となった領主のオベール様とも一心同体だから。
話を戻して説明すると、この人材募集ってのが大まかで、結構な温度差がある。
現実的、具体的ともいえるスタッフ募集から始まり、少しでも興味を持って貰えばくらいのレベルまで様々。
この、少しでも興味を持って貰えばという中で、『無料職人体験』という小イベントがあったのだ。
商品の製作作業をちょっちだけ体験して貰って、職人になりたいと思えば、その場で申し入れをする。
優秀な職人候補が見つかれば、店側にとっては儲けもの。
また体験の際に、便乗して来訪者へ商品を売ったりもしているらしいのだ。
予備知識のあった俺と、何も知らなかったレベッカは、ギルド職員の説明を聞いてイベントについての内容を完全認識した。
ならば、早速レッツゴー。
と、思ったが、レベッカは俺の袖を引っ張った。
こんなイベントは初めてなので、勝手が分からないようだ。
「ダーリン、どうするの?」
まだレベッカには、今回の旅の趣旨を悟られてはいない。
「ああ、とりあえず、一周しよう。ちょっと変わったデートだと思ってくれよ」
「分かったわ、面白そうね」
俺とレベッカは手を繋ぎ、ホール内を「ぐるり」と歩いて行く。
この異世界は、地球の中世西洋に準ずるというのは間違いない。
大きな商会のブースでは、多くの国と商売をして、数多な商品を取り扱っているワールドワイドな部分をアピールしていた。
商談コーナーみたいなものもあって、以前見た南方のアーロンビア王国人っぽい人がおり、王国の商人達と熱心に話をしていた。
もろ、前世でいう総合商社である。
平民風の若い人が遠巻きにして何人も、羨望の眼差しで商会ブースを見つめていた。
多分商会勤務がステイタス、すなわちこの異世界で憧れの職業のひとつだと思われる。
かと思えば、ある商品に特化した専門的な商会もあった。
え? って思う商品もあるが、意外にも盛況である。
ちゃんと商売が成り立っているのだろう。
そして、凄い数の商店ブース。
複数の人間が詰める『大』から、たったひとりでやっている『小』まで規模は様々のようだ。
『無料職人体験』は主に、この商店ブースで行われていた。
実は、今回の対レベッカ作戦って、ここが切り札。
目的はというと、レベッカが日々行う狩りや犬の訓練以外に、興味を持って貰えそうな『何か』を見つける事。
それがレベッカの将来の夢に結び付けば良いと、リゼットと相談し、作戦を立てたのだ。
昨日、予想外であったが、その第一弾は成功した。
レベッカが白鳥亭の作業を手伝いたいと言った事から、アールヴのハーブ料理に興味を持ってくれたのだ。
ちなみにレベッカは普段、あまり料理をしない。
だが、けして苦手というわけではない。
その証拠に、俺と狩りに行った時など、捕まえた獲物を器用に捌き、野趣あふれる猟師料理を作ってくれるから。
なので、あのスペシャルなハーブ料理攻略をきっかけにして、他の料理にも興味を持ってくれれば良いって思ったのである。
まあ、無理強いは絶対にしない。
だから、この旅が成果無しとなっても、全然構わない。
さてさて、会場のホールは中世西洋風らしい職業が目白押し。
石屋、鍛冶屋、金銀細工屋、靴屋、染物屋、仕立て屋などのブースが軒を連ね、スタッフが盛んに呼び込みをしていた。
さすがに全部の体験は無理なので、レベッカの希望を取り入れる。
結果、鍛冶屋、金銀細工屋、染物屋に挑戦。
実際、職人体験は面白かった。
中でも染物屋は、俺達自身が染めたハンカチを記念にくれた。
当然、レベッカは大喜びである。
良い雰囲気で、更にブースを回る。
「あれ?」
いきなりレベッカが声をあげる。
「どうした?」
実は、このイベントって、来場者が武器を携帯するのはNG。
小型のナイフまでの携帯が許されていた。
レベッカが、何故か愛用のナイフを取り出している。
確か子供の頃から、大事に使っていると聞いた事があった。
更にレベッカは、ナイフの柄の部分を特に凝視していた。
鹿の角らしい素材で作られた柄には、丸い紋章みたいなマークが入っている。
「あれ、同じだよね?」
レベッカが指さしたブースを見れば、老齢の女性職人がひとり、黙々と作業をしていた。
どうやら、ナイフの柄製作専門の職人さんのようだ。
俺も見たら、ブースの看板に、そのマークが入っていた。
確かに同じマークみたい。
屋号だろうか?
何か、縁を感じる……
「ちょっと、聞いてみよう」
俺はレベッカを促し、女性職人のブースへと足を向けたのであった。