第18話「弾む気持ち②」

文字数 2,990文字

 商人との仕入れ交渉が終わった後、俺達は大空屋の開店準備をする。
 俺達家族は、持ち回りで様々な仕事をこなしているのだ。
 さっきも言ったが、今日の俺は『大空屋の若旦那』なのである。

 ミシェルもクラリスもさっきのボールに興味津々だが、やはり仕事が優先だ。
 しかし今回は、きっちり約束をさせられた。
 
 ミシェルが笑顔で言うのだ。

「旦那様、今回は私が遊びの仕掛け人になりたい」

「仕掛け人?」

「うん! いつも旦那様とクーガーが新しい遊びを教えてくれるでしょう? 凄く楽しくて幸せ」

「そうか」

「確かに幸せなんだけど、たまには私も教えたい! シャルロットの前でいい恰好したいんだもの」

 成る程!
 ママとして、子供達へ存在感をアピールしたいんだな。
 分かるよ、その気持ち。
 同じママであるクーガーが、良い刺激になっているって事だ。

 クラリスも大きく頷く。

「ああ、分かります! ミシェル姉の気持ち」

 天才クラリスは『福笑い』を啓蒙する際に、家族の似顔絵を描いて仕掛け人の片棒を担いでくれた。
 その時の喜びが、甦ったらしい。

「福笑いを教えた時、すっごく楽しかったし、家族の笑顔が嬉しかったですもの」

「おっし、分かった! だけどミシェル、今回はまたクラリスの協力が必要だから、この3人で仕掛けるってのはどうだ?」

「OK!」

「私も参加して良いんですか?」

 クラリスが、にっこり笑う。
 そりゃ、当然。
 今回はこの3人で秘密を共有するんだから。
 良い意味での『共犯』にしちゃう。

「もちのろ~ん!」

 俺と同じ思いのミシェルが笑顔で返事をした、その瞬間である。

「おはよう! え? どうしたの?」

 丁度約束の時間になり、店の手伝いをするソフィが店内へ入って来たのだ。
 俺達の雰囲気を見て、何かあったのかと首を傾げている。
 ちょっと可愛そうだが、他の嫁ズに暫くは内緒だ。

「いいや、何でもない」

 俺が首を振って否定すると、ミシェルとクラリスも追随する。

「そうそう、何でもないよ、ソフィ」

「ソフィ姉、売る商品の相談をしていたのですよ」

 俺は素早く目配せし、ミシェルとクラリスも惚けると悪戯っぽく笑ったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 鹿皮製のボールを入手した翌日から、俺とミシェル、クラリスの秘密プロジェクトはスタートした。
 行動は極めて慎重に、証拠は絶対に残さずに……家族にあっと言わせるサプライズの為には細心の注意が必要だ。

 まずは購入したボールを分解し、仕組みを調べる。
 一個くらいは、バラしても良いようにと、複数買ったのだ。

 オリジナルは結構硬いものであったので、ユウキ家使用の特製ボールはもっと柔らかい素材のリネンを使う。
 俺の子供達はまだまだ幼いので、こんな硬いボールを使えば絶対に怪我をしてしまうから。

 大きくなれば、いずれはオリジナルのボールで遊ぶ事は出来るだろうが、今のユウキ家で使用するボールは安全第一でなくてはならない。
 商人から大量のリネンを買ったのは、その為なのである。

 柔らかく安全、それでいてすぐには破れない丈夫なボール。
 それらを合言葉にして俺達のボール作りは進んだ。

 クラリスは、ここでも天才振りを発揮する。
 いくら布地を使うからと言って、洋服作りとはまったく勝手が違う初めてのボール作り。
 最初は試行錯誤していたが、一旦コツを摑むと、どんどん作業を進めたのである。

 そして!
 遂にボールは……完成した。

 俺達が作ったリネン製ボールは、(みやび)な日本の蹴鞠を、球状の可愛い色版にしたといった感じである。
 布製なのでちょっと乱暴に扱えばすぐ壊れそうな雰囲気。

 しかしここは異世界で、俺は管理神様からレベル99の力を授かったチート魔人。
 あまり硬く丈夫にし過ぎても安全性が失われるので、投げたり蹴ったりしても破れない程度に魔法で強化。
 布製のボールはゴム製のボールみたいに弾まないのでこれまた少々魔法をかける。

 さあ、テストだ。

 深夜……寝静まったユウキ家では、俺の寝室で俺とミシェル、俺とクラリス、そしてミシェルとクラリスがボールを投げ合う。
 寝ている他の嫁ズや子供達に気付かれないよう、静かにそ~っとだ。

 俺は投げ方を身振り手振りで教え、最初は近くから軽く放った。
 目標は相手の胸辺り。

 最初は戸惑ったミシェルとクラリスも慣れるとちゃんと投げられるようになった。
 投げては受け止め、また投げる。
 段々、距離をとって投げる。
 とても単純な行為だが、始めると集中してしまうのは不思議だ。

 俺は、ボールを投げながら言う。

「これはね、キャッチボールって言うんだ」

 ミシェルとクラリスはボールを投げ、受けながら目をキラキラさせている。
 真夜中だというのに、テンションが異常に高い。

「なんか、不思議な感覚ね」
「そうです」

 皆さんも不思議だと思いません?
 キャッチボールをすると、どうして懐かしい気持ちになるのだろうって。
 俺にだって、はっきりとは分からないけど。
 しかし、これだけは言い切れる。

「こうやって無心にボールを投げ合っていると、何も言葉をかわさなくてもしっかりと分かり合える気がしないか?」

 そう!
 キャッチボールは、素晴らしいコミュニケーション手段なのだ。

「うん! 私、それが言いたかった!」
「私もですよ」

 俺の言葉を聞いたミシェルは手をぽんと叩き、クラリスは微笑む。
 
 そして、ミシェルは今の気持ちを確かめるように言う。
 夢見る乙女の目だ。

「旦那様の思いのこもったボールが私へしっかり投げられる。私もしっかりキャッチしてまた投げ返す。どんどんふたりの距離が近くなって行く……そんな感じ」
 
「私も激しく同意します」

 クラリスも「ぶんぶん」と大きく頷いていた。
 普段は控えめな意思表示をする彼女には珍しい反応だ。

 そうしている間にもキャッチボールは続けられ、ミシェルの思いは大きくなって行く。

「ああ、私、シャルロットともやってみたいな、キャッチボール」

 母として子供と、より絆を深めたい。
 クラリスも同じ気持ちのようだ。

「私も! ポールはまだ小さいから、ちゃんと投げられないでしょうけど」

 こうなれば、もうこの『プロジェクト』を秘密には出来ない!
 皆で、この気持ちを分かち合おう。

「よっし、家族全員でやろうぜ。明日いよいよ発表するか」

「おおっ、私達仕掛け人だね」
「またまたサプラ~イズですね」

 ここで俺はとっておきの秘策を出す。
 ボールを使う楽しさは様々な遊びにあるからだ。

「キャッチボール以外にこういうゲームも発表する、説明するから聞いてくれるか?」

「ええっ!? それって面白い!」

 俺から前振りをされたミシェルは、思わず大きな声を出してしまった。
 クラリスが慌てて注意する。

「ミシェル姉、し~っ」

「ああ、ごめ~ん」

 「てへぺろ」をして謝るミシェル。
 まるでその表情は、他愛無い悪戯を注意された幼い少女のようであったのだ。
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登場人物紹介

☆ケン・ユウキ(俺)
本作の主人公。
学校卒業寸前、22歳の時に突然謎の死を遂げ、管理神から、サポート女神付きの異世界への転生を打診される。いくつかの選択肢を与えられたが、結局新人女神クッカを選び、外見は15歳の少年として西洋風異世界へ転生。その際、究極ともいえるレベル99の力を与えられた。

結局、転生して流れ着いた先はヴァレンタインという王国の南方、辺境ともいえるボヌール村。その後、数奇な運命に翻弄され、苦難の末に幸せを掴んだ。
転生して約3年後の現在……『ふるさと勇者』としてだけではなく、『ボヌール村村長代理』としても、大車輪の活躍振り。愛する家族と仲間を守る為に日々奮闘中である。

☆クッカ・ユウキ(クッカ)
元々はケンが異世界へ転生した時に、管理神から付けられた新人サポート美女神。レベル99の力を使いこなせるよう、異世界に不慣れなケンを全身全霊でサポート。

出自に重大な秘密を持っており、その後、人間に転生。相思相愛で、ケンの妻となった。
ユウキ家長女タバサの母。ハーブの知識に長けた、優れた魔法使い兼治癒士で上級の力を持つ。

☆クーガー・ユウキ(クーガー)
突如ケンの住む異世界へ降臨した、クッカそっくりの美しい女魔王。クッカと同じく出自に重大な秘密を持っており、ケンに深く執着、世界を滅ぼそうとした。その後、人間に転生し、相思相愛でケンの妻となる。
ユウキ家長男レオの母で、上級の力を持つ優れた魔法使いで戦士。厳しい教育方針の為、子供達から怖れられ、付けられた渾名は『ドラゴンママ』


☆リゼット・ユウキ(リゼット)
ボヌール村村長、ジョエル・ブランシュの娘。

病気になった祖母の為にハーブを摘みに行った際、ゴブリンの大群に襲われ、絶体絶命のピンチに陥る。だが転生したばかりのケンに救われ、運命の出会いを遂げる。
現在はケンの妻でユウキ家第一夫人、母フロランス似のしっかり者。良妻賢母タイプの美人で、フラヴィの母。ライフワークであるハーブ園の経営にも力を入れている。


☆レベッカ・ユウキ(レベッカ)
ケンの妻のひとりで、イーサンの母。唯一ケンを「ダーリン」と呼ぶ。門番ガストンの娘で、整った顔立ちをしたモデル風スレンダー美人。弓術に長けた、優秀な戦士で狩人。結婚しても面食いで、イケメン好きは変わらず。
ケンと初めてした『デート』の際、超ツンデレな性格から、暴走。オーガに襲われ、危うく喰い殺されそうになるが、ケンにより命を救われ、ふたりは結ばれた。

☆ミシェル・ユウキ(ミシェル)
ケンの妻のひとりでボヌール村唯一の商店、大空屋の店主。シャルロットの母。経済感覚に長けた金髪碧眼の超グラマラス美人で、拳法の達人。
明るい性格故、表には出さなかったが、父を魔物の大群に殺され、生きる事に絶望していた。ケンとの出会いで立ち直り、本来のポジティブな性格で家族を支えている。レベッカとは親友同士。母のイザベルは、領主オベールの妻となった。

☆クラリス・ユウキ(クラリス)
ケンの妻のひとりでポールの母。リゼットの親友で、優しそうな垂れ目が特徴。顔立ち通り、大人しい性格の、癒し系美人。洋服作り、絵画、工作などマルチな才能を発揮する。ケンだけしか呼ばないが、別名ボヌール村の、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
子供の頃、両親を魔物に殺され、孤独に耐えて懸命に生きて来たが……農作業を手伝ってくれたケンにひとめぼれ。恋に落ち、見違えるように明るくなって、ケンに愛を告白し、結ばれる。


☆ソフィ・ユウキ(ソフィもしくはステファニー)
ケンの妻のひとりで、品のある凛とした美人。ララの母。
正体を隠す為、ケンの魔法で髪と瞳の色を変えてはいるが、実は領主オベールの愛娘ステファニー。貴族社会のしがらみから、寄り親へ『妾』として差し出される寸前に、ケンに救われて結ばれた。

☆グレース・ユウキ(グレースもしくはヴァネッサ)
 ケンの妻のひとりで、ソフィ同様、品のある凛とした美人。
 魔法で正体を隠してはいるが、実は元貴族で、ドラポール伯爵家令嬢ヴァネッサである。
 領主オベールの元・後妻でもあり、血の繋がらない娘ソフィことステファニーとは犬猿の仲だった。
 家の駒として3度も政略結婚をさせられ、心身が疲弊してしまったが……

 ケンに救われ、後に結ばれる。
 村で暮らすようになって、角が取れたのか、芯は強いが本来のおっとりした性格に……

 ユウキ家は勿論、村の子供達全員から、人気ナンバーワンのグレースママとして慕われている。

 ソフィとも和解、実の姉妹以上の間柄となった。

☆サキ・ヤマト(サキ)

16歳の少女。可愛いが、とてもわがままできまぐれ。

ケンが元居た世界・日本で暮らしていたが、不慮の交通事故で死亡し、転生。

管理神により、ケンとは違う異世界へ送られた。

サポート女神の休暇から、臨時の神様を命じられたケンが『担当』となり、いろいろ世話を焼くが……


☆管理神

ケンの住む異世界を含め、いくつかの世界を管理する神。

口癖に独特な特徴がある。

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