第30話「聞くと見るとは……」
文字数 2,500文字
普通の人なら、騎士という身分も含め、平身低頭となるかもしれない。
でも怒鳴られたって、俺は臆したりしない。
逆に堂々と、言い放つ。
「良くお聞き下さい、フェルナン殿。貴方はルール違反を犯しました。殴るというのは打撃の技を行使したという事になり、残念ながら失格負けとなりますので」
「ふざけるな! 騎士の名誉を穢した罰で、殴って何が悪い!」
「それが間違いです。猫騙しを使った事は、すもうという競技に参加している限り、騎士の名誉を穢した事に該当しません。貴方は理由もなく殴った相手へ、誠実な態度で謝罪すべきだ」
「な、何だと! 理由もなく殴った? この私が謝罪?」
フェルナンの奴、驚いているが、当たり前だ。
相手の卑怯を責める前に、自分が反則をして全く悪びれていない。
「そうです。良いですか? 猫騙しはルール範囲内の真っ当な技。対戦相手が、貴方という強敵に何とか勝とうとした、いちかばちかの奇策だ」
「な! 奇策だとぉ!」
「はい! そして今回のすもうとは、騎士とか平民とか、身分などは一切関係ない競技なのです。そもそも貴方はルールを厳守する、違えたら失格になるという誓約書にサインした筈だ」
「ふ、ふざけるなっ!」
「怒鳴らないで下さい、私はふざけてなどいない。貴方は書面を読んで納得した上で、私達と正式に出場契約を取り交わした。重ねて言いますが、猫騙しはルール範囲内で全く問題ない。その証拠に、猫騙しを使った者は優勝したではないですか?」
「ふん! 農民宰相! 私は聞いたぞ!」
「何をですか?」
「女の大会の優勝者は、よりによって貴様の妻だそうじゃないか? 汚いな、八百長だ」
ああ、そう来たか……
この突っ込みは、先程のカルメンと一緒だ。
同様に、しっかり反論しよう。
「確かに優勝者クーガーは私の嫁、だが八百長とは酷い言い掛かり、彼女は正々堂々と戦った」
「はぁ! あんなくだらない技を使ってか? いかに愚かとはいえ、あの女冒険者も卑怯な手を使われなければ勝っていた筈だ」
駄目だ。
聞く耳を持たない……
ならば、
「……あの、妥協案を出しますが、いかが?」
「妥協案だと?」
「はい! 貴方みたいな著名な騎士が、このエモシオンへいらして頂いて、私はとても感謝していますから」
「当然だ! もっと感謝しろ! 私は忙しい中、わざわざ来てやったのだからな」
「……で、あれば、特別に私の権限で、敗者復活戦をやりましょう。貴方は楽に勝ち抜ける筈だ。まともに行けば優勝するでしょう」
「当然だ! 私は勝つ! 誰にも負けん!」
「では、今回だけ弱き者が知恵を絞ったと理解して、寛容の心を持って頂けませんか?」
「寛容の心? ふざけるな! そんなもの持てるか! 断じて私は、負けてなどおらん!」
やっぱり、駄目だ……
俺がフェルナンのメンツを考えて、ない知恵を絞って提案をしたのに、こいつったら、全く聞く耳を持っていない。
「はぁ……貴方は……本当にどうしようもない人だな……」
「何だと!」
「改めて言います。まず貴方はルールを破った。相手を殴った時点で負けです、ちゃんと認めなさい」
「ふざけるな! そんなの、認めるわけないだろうがぁ!」
「貴方はルールに則った競技を理解しようとしない。偉そうに騎士だと言っても取り交わした約束も守らない。その上、相手の話を一切聞かず、自分の偏った考えに固執し過ぎて、あやまちも見えていない」
「ふざけるな!」
「それだ! 都合が悪くなると大声で怒鳴り、威嚇する。もう結構、エモシオンからお引き取り頂きたい。今日の事は言いません、だから、そちらも忘れて下さい」
これくらいが『落としどころ』だろう。
……フェルナンの様子を見れば、OKしてくれるのは難しいかもしれないが、妥協案の提案はした。
だが、案の定というか、
「はぁ? 忘れろだと! 絶対に忘れはしないぞ! 貴様のような低俗な農民を宰相とするオベール騎士爵家の愚劣さと、このエモシオンの退廃振りを広く喧伝してやる。王家にも上申してやる!」
おいおい……
評判が良い、超が付く有名人なのに、聞くと見るとは大違いだ。
当然、俺は抗議する。
「……そんな事をされたら困りますね。根も葉もない噂を流されると、こちらにとっては大変な迷惑だ」
と、戒めたら……更に開き直りというか、ラスボス化してパワーアップしやがった。
「ははははは! 困れ、困れ、愚か者どもよ! ちっぽけなオベール家など王家に言って取り潰してやる! この私の言う事なら、殆どの者が信じる筈だ」
確かに……
有名人のこいつが言えば、オベール家やエモシオンを全然知らない者は、頭から信じるだろう。
もう、駄目だ。
『我慢』も限界である。
俺は、オベール様とイザベルさんへ向き直った。
自分でも分かる。
苦い笑いが浮かんでいる。
「……オベール様、イザベルさん、宰相とは裏方です。領主の為に泥を被るものと覚悟しています。だから……これから、俺がやる事を一切呑み込んで頂けますか?」
「ケン! 私はお前を信じている」
「私もよ!」
俺の問いかけに対し、オベール様もイザベルさんも同意、全てを任せてくれた。
ならば、もう遠慮はしない。
「ご安心を。こいつを殺しはしません、俺に良い考えがありますから」
「は? 殺すだと? この私を? フェルナン・モラクスを? ははははは! やってみろ! ドラゴンさえも恐れる、この私だぞ? 逆にオベール家を滅ぼしてやるわぁ!」
不敵に笑うフェルナンに向かい、俺は同じように笑うと、
「ははは、そんなの大した事ないな。単なるドラゴンなら、俺だって何頭もびびらせたさ」
「何!」
「唯一怖いのはな、ウチのドラゴンママだけだ」
俺は苦笑してそう言うと、魔法を発動する合図として、「パチン」と指を鳴らしたのであった。