第32話「郷土愛を深めよう!①」
文字数 2,164文字
オベール家に有望な人物、男子すもう大会を優勝した若き鍛冶師が入ったという話は既にしたが……
今回オベール家には、その鍛冶師さん以外に何人も、有望な人材が加わった。
当然、俺とオベール様夫婦で綿密な面接を行った上、人物的にも「問題なし」と判断した上である。
だが……有望な人材が入ったのは、オベール家だけではなかった。
『エモシオン&ボヌール』にて、嫁ズが、『試食販売』という形で振る舞ったボヌール村特製ハーブ料理が受けに受け……
エモシオンの町をPRして更に発展させようという、店の趣旨を理解、賛同した者達が現れたのだ。
祭りのプレオープンの際、客として来た地元の主婦5人が、
「スタッフとして働きたい」と申し込んで来たのである。
即座に面接したところ、彼女達は年齢が上は50歳、下は28歳とバラエティーに富んでいた。
全員、主婦歴10年以上のベテランで、笑顔が爽やかな健康美人である。
主婦5人はラッキーな事に、祭りの直後からすぐに加わってくれた。
人手不足が一気に解消され、俺達には大助かり。
一緒に働き始めて、この『エモシオン主婦軍団』は素晴らしく有能である事が判明した。
『エモシオン主婦軍団』……
彼女達は現在は専業主婦だが、元は商店の従業員をしていた人が殆ど。
何らかの形で働いた経験を持っていた。
その為か、超が付く接客業向きで即戦力の人材だった。
更に仕事に対して凄く前向き。
店の売り上げ向上の為に様々な意見を「どしどし」出して来た。
それでいて優しく思い遣りがあって、気配り上手。
ジョエルさん、フロランスさんのボヌール村組とも、仲良くやっていて協調性も抜群。
エモシオンの物産販売の範疇だけではなく、俺達のカフェも手伝い、ハーブ料理も習得。
調理役、給仕役としてフルに働いてくれている。
うむむ、こんな人達なら、ぜひ我がボヌール村へ欲しい。
その上、『エモシオン主婦軍団』はボヌール村の穏やかな暮らしぶりを聞き、賄いのハーブ料理を食べながら「良い所だねぇ」と言ってくれたから。
しかし残念。
主婦達は家族と共に、この町で幸せに暮らしている。
それに「自分達の故郷、エモシオンを心底愛している」ので、すぐボヌール村へ移住という話にはならない模様。
まあ……
そう簡単に、移住者候補は現れないのは納得。
仕方がない。
焦らないで、じっくり行こうと思う。
しかし、我が嫁ズはといえば、凄く喜んでいた。
『エモシオン主婦軍団』と一緒に仕事をする事で、今迄に嫁ズが知らなかった、様々な『主婦スキル』を知り、大いに学ぶ事が出来たからである。
それに、アンテナショップの違う効用も現れた。
エモシオン主婦軍団の『濃すぎる郷土愛』に煽られて……
嫁ズは自分達の『故郷』、ボヌール村への愛情が更に深まったのだ。
口論とまでは行かないけれど……
双方が人とか、食べ物とか諸々の項目で、お国自慢をするっていう、よくある話。
「ウチの町の方が栄えている」とか、「いやウチにはこんな名物料理がある」とか、はたまた「こんなに凄い有名人の出身地だぞ」とか……
うん、前世ではそういう事を、面白可笑しく演出する番組もいろいろあった。
結局、何を言いたいかというと、移住者募集はメインの趣旨だから大事。
だけど、村民自身の『郷土愛』が深まるのは、もっと大事なんだ。
ソフィなんか、生まれ故郷がエモシオン、第二の故郷がボヌール村、
『両方のサポーター』というあまりにも微妙な立場。
「私の正体って、実は行方不明になった領主の娘ステファニーなのよ」という、衝撃の事実を、おおっぴらには出来ないけれど……
……良い意味で、嬉しい悲鳴をあげていた。
そして、もうひとり、『エモシオン&ボヌール』には素晴らしいスタッフも加わった。
俺とサキの更なるプッシュもあって、オープンから数日後、有望な大型新人?が入ったのだ。
「皆さん、おはようございます! 今日も気合を入れて頑張りましょう!」
今朝も、大きな声で挨拶をする『新人』の名は……
カルメン・コンタドール27歳、王都出身。
そう!
あの、冒険者ギルド王都支部所属、ランクAの凄腕冒険者である。
文字通り、身長180㎝を超える、ガタイの良い、大型新人なのである。
そもそもカルメンが何故、このエモシオンへ来たのか?
答えは、今は亡き母の『望郷の思い』を引き継ぐ為である。
カルメンは、遠い王都から、生まれて初めてエモシオンへ来た。
きっかけは俺達が企画、実施した『祭り』だ。
この『祭り』を見物し、ほんの数日だけ滞在して、母の故郷をしっかりと見届けたら……
また王都へ帰り、冒険者稼業を続ける予定であった。
しかし、俺達と出会い、サキから熱い引き止めを食らって……
遂に翻意した。
結局、「1週間滞在……」という予定に切り替えてしまう。
その予定変更が、カルメンの大きな運命の分かれ道になるとは、その時点では誰も思わなかったのである。