第2話「カミングアウト②」
文字数 2,745文字
アンリは目を丸くし、口をあんぐり。
俺は、混乱するアンリへ、しっかりと答えてやる。
『ああ、そうだ。あのソフィが、ステファニーなんだ』
『で、でも! そ、そうだ! クロードおじさんはっ! い、いやオベール様はご存じなのですかっ』
やはり、そう聞いて来た。
想定通り。
そりゃそうだ。
アンリにとって、オベール様は本当以上の父親だから。
なので俺は、はっきりと言い放つ。
『おう、当然知ってる。イザベル奥様もご存知さ』
『で、では! ララちゃん……いや、ララ様って、クロードおじさんのお孫様ですよね!』
『そうだよ』
俺は矢継ぎ早に来る、アンリの質問にいちいち答えてやる。
多分、青天の
それからいくつか質問を受け、ようやく落ち着いたところで、俺とソフィことステファニーの出会いから話し始めた。
改めて、最初から……
エモシオンの高級
ちょっと厳しく、お仕置きをした事。
それがきっかけで、ふたりの気持ちが触れ合った事。
夜、城館へ忍んでプレゼントをした事。(実際行ったのは、ジャンだったけど)
俺は、どんどん話を続けて行く……
『当時のステファニー様、いやステファニーは、まま母さんと揉めていた。でも彼女と出会ったばかりの俺には、何も出来なかった』
『ええ、知っています。クロードおじさんも後悔していました。もっと正面から娘と向き合えばって……』
『そうか……ここから先は、アンリも知っていると思うけど……例のドラポール伯爵家が無理難題を言って、ステファニーを妾にしようとしただろう? ボヌール村へ来た商隊の噂話で、それを知った俺は魔法でステファニーの下を訪ねたんだ。再びな……』
『…………』
アンリは、何故か答えず無言だった。
もしかしたら、少年らしい真っすぐな正義感でオベール様を責めたのかもしれないと、俺は思った。
騎士爵家の生まれで、貴族の厳しい上下関係という、どうしようもない理屈は分かっていたとしても……
それくらい、アンリは厳しい眼差しだったから……
『ステファニーから詳しい話を聞き、俺は彼女を助ける決心をした。そしてステファニーに変身させた、俺の従士をその場で身代わりに立て、入れ替わりに彼女をボヌール村へ連れ帰ったんだ。村では当然、魔法で容姿を変え、ステファニーだと分からないようにしてな』
俺が使った高位魔法の威力を知り、アンリは驚嘆する。
『す、凄い……』
『後は、俺の計画通りさ。オベール様へ累が及ばないよう、王都の伯爵家の屋敷前で堂々とステファニーの身代わりをさらい、行方不明という形にしたんだ』
『な、成る程! あの正体不明の黒ずくめの不気味な魔人はケン様! そ、そういう事だったんですね』
『黒ずくめの不気味な魔人? 確かにな』
アンリから言われた俺は、苦笑した。
確かに、ぴったりの渾名だって。
あの時、魔法で全身黒バージョンにしていたから。
だが、もうアンリも、冗談を言う余裕が出て来ている。
何故なら、『現在のハッピーエンド』を知っているからだ。
オベール様とソフィのやりとりを思い出し、言われてみればと、思い当たる事もあるのだろう。
『はい! 当時は王都中で噂になりました。あれは怖ろしい魔王の配下に違いないって』
その噂を流したのは……多分、ドラポール伯爵だろう。
屋敷の前で女性をさらわれるといった、自分の失態を、魔王のせいにしたんだ。
『ははは! で、話を続けると、その後、オベール様とまま母さんは、いろいろ揉めて離婚したじゃないか?』
『は、はい! そうです』
『その時、俺は正直、ステファニーをエモシオンへ帰そうとしたんだ。喧嘩相手が居なくなれば、とりあえず大丈夫。すぐにではなくても、騒動のほとぼりが冷めたら、上手く言い訳を考えてね』
『…………』
俺の、ステファニーへ対する優しい気遣いを聞き、アンリは無言で微笑む。
今度は、尊敬の眼差しも一緒に。
『でも怒られたよ』
『怒られた?』
へ?
というアンリ。
わけがわからないという表情。
ああ、アンリ。
お前も女心が分からないんだ。
あの時の俺と全く一緒。
凄くシンパシーを感じるよ、お前に。
俺は、昔の自分とアンリへ苦笑。
話を続ける。
『まずはステファニーから……俺が好きだから、決心して家を出たのにって、何それって! 責められたよ。貴方への気持ちは真剣ですってね』
『気持ちが……』
『それに、他の嫁ズからも、びしばし怒られた。俺は、女心が分かっていないとね』
『あ、はは……ケン様が?』
笑ってる、アンリの奴。
どうやら俺が、嫁ズからの全員攻撃で、怒られるのを想像しているらしい。
コノヤロ!
でも、まあ良い。
『全員からこっぴどく叱られたよ。お前と同じで、俺は不器用なのさ』
『ははは、不器用! 確かに私と一緒です!』
『おいおい 相変わらず言うな、お前は! まあ良いか。でな、オベール様へはステファニーが手紙を書いて、とりあえず無事を報せた。具体的な居る場所は教えず、ただ無事で元気に暮らしていますってな』
『ステファニー様が! ご無事だと知って! よ、よ、喜んだでしょうね! クロードおじさん!』
『ああ、大喜びさ。そして俺が16歳になり、結婚する前にボヌール村で、オベール様とステファニーを引き合わせた。内々で結婚の許可を貰う為に』
『わぁ!』
アンリは歓声をあげ、拳を突き上げる。
興奮がマックスに達し、我慢出来なくなったのだろう。
俺の話が、ハッピーの結末へ近付いたのを、感じたに違いない。
『そして現在に至るってわけ。お前も知っての通り、ソフィとなったステファニーは、たまにエモシオンへ来たり、秘密の魔法で会ったりしているから、問題なしって事だ』
『ああ、よ、良かった!』
『うん! だがこれは絶対に秘密の話だ。もうドラポール伯爵家は取り潰されて存在しないけど……
『ええ! 確かにそうです! 言えませんよ、こんな事』
『だな! また今度、オベール様も入れて男同士3人で飲もう。クロードおじさんから直接話を聞いたら良いさ』
『はいっ!』
いつものように、元気良く返事をするアンリであったが……
俺を見つめる眼差しは、これまで以上に、輝いていたのである。