第8話「受け継ぐ者の覚悟と優しさ①」
文字数 2,114文字
入れ替わり、立ち替わり、他の嫁もやって来て……
夕食が始まる前までには嫁ズ全員、ベアトリスとの引き合わせは済んだ。
お互い、第一印象は悪くなかったみたい。
超が付く辛口のクーガーだって、ベアトリスへは好意的な波動を出していたから。
……そして、まもなく今夜の夕飯が始まる。
メニューは……当然、ハーブ料理だ。
ハーブが大好きなベアトリスは今、瞳をきらきらさせている。
大きな期待と不安を持って……
でも幽霊なのに、何故、食事が楽しみなのか?
食事が摂れるの? と疑問に思われる方も居るだろう。
それは、ある一件があったからなのだ。
……時間は、少し遡る、
リゼットとクッカの話がひと段落した後……
俺は密かに考えていた『企画』を提案した。
それはハーブ好きなベアトリスに、我が家のハーブ料理を食して貰うという企画である。
繰り返しになるが、そもそも……
幽霊、つまり『魂のかけら』だけとなったベアトリスは、当然食事などしない。
というか、普通に食べる行為など不可能だ。
しかし俺は、ベアトリスに食事を楽しんで欲しいと思った。
ならば具体的な方法は何? という事になる。
ここで、もう分かったぞ!
そう、ピンと来た方もいらっしゃるだろう。
はい!
正解です。
ベアトリスを俺に『憑依』させるのです。
そして俺の五感を使い、我が家のハーブ料理を体感して貰おうという企画。
これは名案!
だと我ながら思った。
だが意外というか、クッカが反対した。
どうして、反対?
俺はつい聞いてしまう。
『え? クッカ、何で反対?』
対して、クッカは腕組みをしながら、難しい表情をしている。
『私は、ベアトリス様を信じています。信じていますが……死して幽霊や亡霊となった魂は、現世への執着が著しく強くなるのです』
幽霊や亡霊は現世に執着する……か。
いろいろと聞いた事があるような……
何か、ヤバイ方向へ話が進んでいる。
それにクッカの奴、何か怪談話が得意な某有名俳優の真似をしている?
『な、成る程……分かるような気がする』
珍しくちょっと、噛んでしまった。
勇気のスキル発動中の俺でも、何となく怖くなる。
そんな俺へ、真剣な表情のクッカは話を続けてくれる。
『一旦憑依を受け入れた旦那様は、その間、とんでもなく無防備な状態になりますよぉ』
『え? とんでもなく無防備って?』
『はい、万が一の場合にも自力で、除霊するのは不可能です。……たとえレベル99でも……下手をすれば、憑依した幽霊により、魂を完全に乗っ取られてしまいます』
万が一って……
そうか、ベアトリスはしっかりした自我と理性があるけど……
正気を失い、悪霊になったら……暴走するって事か……
今迄話してみて分かったけれど……
ベアトリスは冷静で聡明な女子だ。
しかし、今や幽霊だ。
信じたいけど……
彼女が絶対に豹変しないとは、言い切れない……
取り憑かれた俺が悪の権化になったら、マジでヤバイ。
理性を失い、欲望に忠実となり暴走したら……
間違いなく魔王となる。
クーガー以上の情け容赦ない魔王に。
大袈裟じゃなく、世界を破滅に導く……
そんな気がする……
『それにベアトリス様が自我を失わなくても、長時間の憑依は危険です。憑依された者の人格が完全に変わる可能性があります。せいぜい……数時間、無理をしても半日が限度です』
『そうなんだ……』
『はい! 例えば……幽霊の憑依とは違いますが、以前……そうそう、私がベアトリス様のハーブ園で旦那様に憑依し、リゼットと話したのを覚えていますか?』
『ああ、覚えてるよ』
うん、クッカの言った事は分かる。
俺が結婚前、ハーブ園に行った時、まだ女神のクッカを憑依させて、リゼットと話して貰った事がある。
※第86話参照
『確か、俺がクッカの発動体になった時だよな?』
『そうです……幽霊の憑依は、あの時の感覚の数十倍……いやもっと強烈な感覚を伴います』
……おお、だんだん思い出して来たぞ。
あの時は、クッカに魂を支配され、俺が俺でなくなる……
そんな感覚だった。
あの時のもっと強烈な奴?
抗えない?
俺が眉間に深いしわを寄せて考えていた、その時。
『あの~、ケンにそんな危険を冒して貰うなんて……私、出来ません……だから……』
ベアトリスが、おずおずと申し出た。
そこまで無理をしてくれなくて、良い……
そんな表情だ。
しかし!
『はいっ!』
ベアトリスの言葉を途中で遮り、リゼットが手を勢いよく挙げた。
『ならば! 私ならどうですか?』
俺の身代わりを申し出たのは、何とリゼットだった。
いつもにこにこして穏やかなリゼットは、真っすぐに真剣な眼差しで、ベアトリスを見つめていたのである。