第1話「クラリスは燃えている!」

文字数 2,042文字

 最近、クラリスは燃えている。
 まあ、「燃える!」と言ってもいろいろあると思う。
 良い意味、微妙な意味の両方でね。
 だが彼女の場合は、絵を描く創作意欲のモチベーションが上がっているという事。

 先日、エモシオンへ行った際……
 もう贔屓となった王都の商会が懇願し、エモシオンのアンテナショップ内のカフェに飾ってあった、彼女の絵を買い上げた。
 それも、無理やりって感じで。

 聞けば、やんごとなきお方が、クラリスの絵を大が付くくらい熱望しているとか。
 ボヌール村の風景画を見ていると、とても気持ちが癒されるという。

 実際今迄にも、クラリスの絵はそこそこ売れていた。
 だが今回の話で、彼女は相当自信を深めたようである。
 
 それからというもの……
 クラリスは新作の絵を、たくさんたくさん描きたいという気合に満ち溢れているのだ。

 改めて言おう。
 クラリスは、本当に天才だ。
 特に凄いのは、その記憶力であろう。

 彼女の絵の描き方は独特である。
 ロケハンし、僅かな時間で描きたい風景を『これ』って決めると……
 その場で、ごくごく簡単なスケッチをしただけで、後は村のアトリエで仕上げてしまう。
 まあ、絵を描く『制作現場』は、魔物や肉食獣が出没して危険でもあり……
 その場に長時間留まったり、頻繁に通ったり出来ない事情もある。

 結果……
 完成したクラリスの風景画は、絵には素人の俺が見ても心を震わされる……
 
 写実的な部分を含め、何かが強く心へ語りかけて来る。
 とても気持ちが前向きになるのだ。
 また心情に切々と訴えるような、もの悲しい雰囲気のものもある。
 不覚にも俺は泣いてしまった事がある。

 ……王都のやんごとなき身分のお客が、金に糸目をつけずクラリスの絵を欲しがる。
 それも分かるような気がする。

 さてさて……
 そんなクラリスのやる気に配慮し、他の嫁ズから提案があった。
 「俺とふたりきりで、特別ロケハンへ行って来れば?」というもの。

 実は今迄クラリスが描いたのは、ボヌール村からとても近い場所の景色が多い。
 ボヌール村の全景を始めとして、村の各所の風景が殆どなのである。
 例外としては、カフェ用に数点描いた、エモシオンの風景画があるくらいである。

 クラリスが描く絵のモチーフとしては……

 汗だくで働く、俺達農民。
 駆けまわり遊ぶ村の子供達。
 放牧地で昼寝する子豚。
 畑で青々と伸びる麦。
 
 一面に広がる大草原と点在する森……
 草原を、まっすぐに貫く、土を踏み固めた長い街道。
 その街道を、危険を冒して決死の旅をする、王都や南国の商人達。

 どれも素晴らしいが、特に凄いと思ったのは、村の近くの小さな雑木林を描いた絵。
 見ていると、ホッとして、つい散策したくなるというか、ハンモックを木に吊ってすやすや昼寝したくなるというか……
 何の変哲もない平凡な雑木林も、天才クラリスにかかると、爽やかな憩いの場となってしまうのだ。

 だが、魔法使いの俺には、分かる。
 絵を描く範囲を広げたい、もっといろいろな風景を描きたいって、クラリスからは強い意欲の波動が出ているもの。
 やる気が出たのと同時に、題材も増やしたいと思ったのだろう。
 
 よし!
 こんな時は、俺の出番だ。

 そう、俺は転移魔法を使えるから。
 限られた時間の中で、瞬時に様々な場所へ行ける。
 万が一、魔物等の敵が現れても、最強の護衛役となれる。
 そして、ふたりきりで行けば、暫くやっていなかったクラリスとの特別なデートにもなるだろう。

 でも……
 相変わらずクラリスは、自分から「私が!」という主張をあまりしない。
 本当に、大人しくて控えめなのだ。

 だから今回も、「俺から誘う」という形にした。
 それも結構強引なノリで。

 俺はある日の晩、クラリスを自分の部屋へ呼んだ。
 こういう時は、回りくどく言わず、単刀直入が良い。

「クラリス、絵の新作の件だけど、俺にも協力させてくれ」

「え? 旦那様」

 いきなり絵の話をされ、吃驚するクラリス。
 笑うと目がなくなるくらいの、切れ長の愛らしい垂れ目が大きく見開かれていた。

 そんなクラリスへ、俺は続けて言う。

「ふたりで、いろいろな場所へ行こう。お前がずっと行きたがっていた東の森の奥にある大きな湖とか、西の森のハーブ園とか」

「えええっ?」

 なおも驚くクラリスへ、俺はきっぱりと言い放つ。

「家族や村を守る為だけじゃない、こんな時にも俺の魔法を使うべきなのさ」

「旦那様の、ま、魔法を? 私の絵の為に?」

「おお、そうさ。みんなのOKは取った。ふたりきりで行こう、久々のデートにもなるぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 俺が全て『段取り』を組んだと知り……
 クラリスは安心して、例の癒し笑顔を見せてくれたのである。
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登場人物紹介

☆ケン・ユウキ(俺)
本作の主人公。
学校卒業寸前、22歳の時に突然謎の死を遂げ、管理神から、サポート女神付きの異世界への転生を打診される。いくつかの選択肢を与えられたが、結局新人女神クッカを選び、外見は15歳の少年として西洋風異世界へ転生。その際、究極ともいえるレベル99の力を与えられた。

結局、転生して流れ着いた先はヴァレンタインという王国の南方、辺境ともいえるボヌール村。その後、数奇な運命に翻弄され、苦難の末に幸せを掴んだ。
転生して約3年後の現在……『ふるさと勇者』としてだけではなく、『ボヌール村村長代理』としても、大車輪の活躍振り。愛する家族と仲間を守る為に日々奮闘中である。

☆クッカ・ユウキ(クッカ)
元々はケンが異世界へ転生した時に、管理神から付けられた新人サポート美女神。レベル99の力を使いこなせるよう、異世界に不慣れなケンを全身全霊でサポート。

出自に重大な秘密を持っており、その後、人間に転生。相思相愛で、ケンの妻となった。
ユウキ家長女タバサの母。ハーブの知識に長けた、優れた魔法使い兼治癒士で上級の力を持つ。

☆クーガー・ユウキ(クーガー)
突如ケンの住む異世界へ降臨した、クッカそっくりの美しい女魔王。クッカと同じく出自に重大な秘密を持っており、ケンに深く執着、世界を滅ぼそうとした。その後、人間に転生し、相思相愛でケンの妻となる。
ユウキ家長男レオの母で、上級の力を持つ優れた魔法使いで戦士。厳しい教育方針の為、子供達から怖れられ、付けられた渾名は『ドラゴンママ』


☆リゼット・ユウキ(リゼット)
ボヌール村村長、ジョエル・ブランシュの娘。

病気になった祖母の為にハーブを摘みに行った際、ゴブリンの大群に襲われ、絶体絶命のピンチに陥る。だが転生したばかりのケンに救われ、運命の出会いを遂げる。
現在はケンの妻でユウキ家第一夫人、母フロランス似のしっかり者。良妻賢母タイプの美人で、フラヴィの母。ライフワークであるハーブ園の経営にも力を入れている。


☆レベッカ・ユウキ(レベッカ)
ケンの妻のひとりで、イーサンの母。唯一ケンを「ダーリン」と呼ぶ。門番ガストンの娘で、整った顔立ちをしたモデル風スレンダー美人。弓術に長けた、優秀な戦士で狩人。結婚しても面食いで、イケメン好きは変わらず。
ケンと初めてした『デート』の際、超ツンデレな性格から、暴走。オーガに襲われ、危うく喰い殺されそうになるが、ケンにより命を救われ、ふたりは結ばれた。

☆ミシェル・ユウキ(ミシェル)
ケンの妻のひとりでボヌール村唯一の商店、大空屋の店主。シャルロットの母。経済感覚に長けた金髪碧眼の超グラマラス美人で、拳法の達人。
明るい性格故、表には出さなかったが、父を魔物の大群に殺され、生きる事に絶望していた。ケンとの出会いで立ち直り、本来のポジティブな性格で家族を支えている。レベッカとは親友同士。母のイザベルは、領主オベールの妻となった。

☆クラリス・ユウキ(クラリス)
ケンの妻のひとりでポールの母。リゼットの親友で、優しそうな垂れ目が特徴。顔立ち通り、大人しい性格の、癒し系美人。洋服作り、絵画、工作などマルチな才能を発揮する。ケンだけしか呼ばないが、別名ボヌール村の、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
子供の頃、両親を魔物に殺され、孤独に耐えて懸命に生きて来たが……農作業を手伝ってくれたケンにひとめぼれ。恋に落ち、見違えるように明るくなって、ケンに愛を告白し、結ばれる。


☆ソフィ・ユウキ(ソフィもしくはステファニー)
ケンの妻のひとりで、品のある凛とした美人。ララの母。
正体を隠す為、ケンの魔法で髪と瞳の色を変えてはいるが、実は領主オベールの愛娘ステファニー。貴族社会のしがらみから、寄り親へ『妾』として差し出される寸前に、ケンに救われて結ばれた。

☆グレース・ユウキ(グレースもしくはヴァネッサ)
 ケンの妻のひとりで、ソフィ同様、品のある凛とした美人。
 魔法で正体を隠してはいるが、実は元貴族で、ドラポール伯爵家令嬢ヴァネッサである。
 領主オベールの元・後妻でもあり、血の繋がらない娘ソフィことステファニーとは犬猿の仲だった。
 家の駒として3度も政略結婚をさせられ、心身が疲弊してしまったが……

 ケンに救われ、後に結ばれる。
 村で暮らすようになって、角が取れたのか、芯は強いが本来のおっとりした性格に……

 ユウキ家は勿論、村の子供達全員から、人気ナンバーワンのグレースママとして慕われている。

 ソフィとも和解、実の姉妹以上の間柄となった。

☆サキ・ヤマト(サキ)

16歳の少女。可愛いが、とてもわがままできまぐれ。

ケンが元居た世界・日本で暮らしていたが、不慮の交通事故で死亡し、転生。

管理神により、ケンとは違う異世界へ送られた。

サポート女神の休暇から、臨時の神様を命じられたケンが『担当』となり、いろいろ世話を焼くが……


☆管理神

ケンの住む異世界を含め、いくつかの世界を管理する神。

口癖に独特な特徴がある。

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