第21話「秘密のライフワーク」
文字数 2,291文字
俺は私室で、彼女とふたりきりになって話していた。
ベッドに入って、ただ抱き合って。
……昼間そっと声を掛けられた。
丁度、クラリスの『番』だった。
ふたりきりだけで、話したい事があると。
例の、『秘密』にした件だと、すぐにピンと来た。
「……旦那様」
「おう」
いつもの通り返事をした俺へ、クラリスは力なく笑った。
「お願いがあります……少しだけ手伝って頂きたいのですが……」
「了解、……それより無理をしていないか? 身体は大丈夫か?」
「はい、いろいろとご心配をおかけして申し訳ありません。少し疲れはしましたが、体調は全く問題ないです」
「おお、良かった」
「ありがとうございます、ご心配して頂いて……それより私……旦那様の凄さが、またひとつ分かりました」
「俺の凄さ?」
「はい、秘密を持つのって……家族を驚かせるサプライズって、想像以上に気疲れします。旦那様は、いつも平然としていますから」
「いやいや、俺だって結構体力を消耗するし、家族なのに気を遣って精神的にも少し疲れるな……けして嘘は付いていないのに」
と俺が言えば、クラリスはポカンとした。
「え? 意外です……旦那様もそうなんですか?」
「ああ、種明かしの後は、ぐったりさ」
「本当ですか? 良かった」
自分だけじゃない。
レベル99の俺も、同じように消耗すると聞き、クラリスは安心したようだ。
「おいで、クラリス」
俺は両手を広げ、声を掛けると……
改めてクラリスを優しく抱いた。
クラリスは、俺の胸へ顔をすり寄せて甘え、やがて……静かに、泣き出した。
自分が周囲へ、結構な迷惑を掛けていると思い込んでいたらしい。
黙って背中をさすり、慰める俺の胸の中で……
ひと通り泣いた後、クラリスは話し始める。
ようやく、元気が出て来たようだ。
「旦那様、私、素晴らしいライフワークを見つけたのです」
「素晴らしいライフワーク?」
何?
ライフワークって?
一生をかける仕事って事だけど。
一体、どういう意味だろう?
レイモン様の影響で、服を作るよりも、絵を描く方を一生の仕事にするのかな。
俺が、「え?」って顔で見れば、クラリスはちょっとだけ苦笑した。
「と言ってもですね、一般的なライフワークみたいに死ぬまでにとか、そこまで時間はかからないと思います」
「成る程。……クラリスは、王都でレイモン様の話を聞いて、新たな絵を描く事を決めたんだな?」
「はい! そうです」
「だけど……服の方はどうする? 勿体無い気がするけど……」
「安心して下さい。服を作る事はやめません。これからもやります。ええっと、もしかして……私が何をやるのかが、分かってしまいましたか?」
「ああ、何となくな。でも念の為、言っておくよ。お前の心は読んでいないからな」
「うふふ……良いですよ。旦那様なら、私の心を読んでも……さあ、思いっきりどうぞっ!」
そう言うと、クラリスは悪戯っぽく笑った。
俺が大好きだから、どうされようが問題なし?
思う存分、自分の心を読んでくれって?
あはは、とても嬉しいけどね。
それは、また今度な。
ああ、でもこの様子だと……
クラリスは、完全に元気を取り戻したようだ。
うん!
良かった、良かった。
「いやいや、緊急事態以外、心は読まないって。それよりさ、どんな絵を描くか、俺には分からないけど、お前が何か素敵な事を考えているのではと、思ったよ」
「素敵な事?」
「ああ、お前の絵、楽しみにしてるぞ」
「はい!」
「あと、これだけは言っておこう……リゼットが心配していた」
「…………」
リゼットの事を言ったら、クラリスは黙り込んだ。
先日、リゼットと交わした会話を思い出したみたい。
「ノーコメント」なんて言って、相手が傷ついていないか気にしているのだろう。
いやいや心配ないって。
「でもクラリス、……お前を信じようと言ったら、リゼットは分かってくれた。俺はその後、クッカ達にも同じく言っておいた」
「…………」
「全然問題なしさ、全員お前を信じてるって」
「…………」
「当然、俺も信じてる。だから安心しろ」
「…………」
そう……
実は、リゼットだけではなかった。
クッカを始めとして、他の嫁ズにも伝えたんだ。
「クラリスを信じよう」って。
他の妻達から信じて貰い、クラリスはとても嬉しかったのだろう。
声が震えていた。
「あ、ありがとうございます。旦那様のフォローに、感謝します」
「お安い御用さ。あとな、サキとタバサにも伝えておいた」
「え? サキちゃんとタバサに?」
「ああ! 俺はこう言った」
「…………」
「サキ、タバサ、お前達へ仕事を任せたのは、けしてクラリスが冷たくしているんじゃない、一人前の服飾職人になる為のテストだし、かえってビッグチャンスだぞって……こっちもバッチリ、今ふたりは気合バリバリで奮闘中さ」
「わぁ、本当ですか? 私……何から何まで全部、旦那様に面倒見て貰っちゃったみたいっ」
「おいおい、嫁の面倒を旦那が見るのは当り前だ、俺達は夫婦じゃないか」
俺がそう言うと……
「……だ、旦那様ぁ!」
感極まったらしく……
クラリスはまた甘えて、俺に「きゅっ」と抱きついて来たのであった。