第6話「もっと、サプライズ」
文字数 2,617文字
クラリスが新たな絵を描く為にロケハンで訪れているのだが、彼女が釣りにチャレンジして、約30分……
結果は……
「わぁ! 釣り大好きっ!」
「おお、そうか」
「うんっ! 旦那様、すご~く、楽しかったぁ!」
ニコニコして、上機嫌のクラリス。
まあ、予想通りである。
彼女は、生まれて初めての釣りを、思う存分に楽しんだのだ。
クラリスが、魚を上手く釣れた理由はいくつかある。
まずは、この場所。
針に餌のパンを付け、水中へ投げ入れたら、即座に喰い付く入れ食い状態。
超が付く、初心者向きの釣り場だから。
そしてクラリスは、やはり器用だって事。
初めての釣りでも、少し教えただけで、そつなくこなしたもの。
いくら入れ食いでも……
魚が針にかかってから、取り込むまでの駆け引きは必要だ。
無理に引き上げようとすると、糸が呆気なく切れる。
だがクラリスは、魚が疲れるのを我慢して待ち、焦らず要領良く引き上げたのである。
30分の釣果は10匹。
全て良型のレインボートラウトである。
「よっし、早速食べよう」
「はい!」
釣れた10匹のうち、俺とクラリスふたりが食べる2匹だけ、内臓を抜いて処理。
後の8匹は家族へのおみやげで、俺の空間魔法で作った『冷凍庫』へと放り込む。
でも8匹だと……
焼き魚にしたら、家族全員の人数分なくて、結構揉めそう。
だから大型の鍋で、スープか何かを作るのが良いだろう。
なんて他愛もない事を考えながら……
俺が魚をさばいている間、クラリスは弁当をセッティング。
パン、焼き肉、焼き魚……
いろいろな料理の良い香りが、ふたりの鼻腔を攻撃して来る。
もうお腹がぺこぺこに空いているから、致命的といえるかも。
さあ、弁当のセッティング終了。
丁度、魚も焼けた。
もう、ふたりのお腹は限界だ。
「いただきまっす」
「いただきます!」
いつもは静かな湖に、俺とクラリスが発する、食事開始の声が響いたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなこんなで……
美味しくて、楽しい食事が終わり……
俺とクラリスは、湖岸を歩いていた。
「旦那様、不思議です」
「不思議?」
「はい! 何故ですかね? 家で食べるよりも、魚、美味しかったです」
「多分……クラリスが、自分で釣ったからだろう」
「うふふ、そうなんだ。……かもしれませんね。でも、どうして旦那様は、釣りをやろうと思ったのですか?」
クラリスの質問。
俺が釣りをやるきっかけ?
どうして、そんな事が気になるのかな?
「俺が釣りをやるのって、変かな?」
「いいえ、変じゃあ、ありませんけど……ボヌール村では、釣りをやる人なんて今迄には居ませんでしたから」
まあ、確かに。
釣りは勿論、この村はあまり魚を食べる習慣がなかった。
ボヌール村は海から遠い、内陸に位置しているから。
そもそも漁場となるこの湖や川は、凶暴なオーガやゴブリンが出没して、危険度が半端ない。
常識的に考えて、命を懸けて来てまで、魚を捕まえようって気にはならないもの……
つらつら考えてから、俺は答えを返した。
「ああ、俺はさ、子供の頃に少しやっていたから、釣り」
「それ、旦那様が……この世界へ来る前……ですよね?」
「ああ、そうだよ」
「旦那様の子供の頃……どんな釣りをしていたのですか? こういう湖で釣っていたのですか?」
「いや、全然違う。街の中にある釣り堀へ行っていたんだ。祖父と一緒にね」
「釣り堀って何ですか?」
「お金を払って、釣りをさせて貰う場所さ」
俺が説明すると、クラリスの好奇心に火が点いたみたい。
「へぇ! 違う世界には、そのような場所があるのですか? そこに旦那様のおじい様と?」
「うん! 良く通ったよ」
「聞きたい!」
「え?」
「ぜひ、聞きたいのです! 旦那様の子供の頃の話!」
「分かった」
目をキラキラさせたクラリスにせがまれ、俺は話し始めた。
離婚した母と共に故郷を出て、都会に引っ越してすぐ。
まだまだ俺が幼い頃……
友達も居らず、ぽつねんとしていた俺を、祖父は不憫だと思ったのだろう。
自分が釣り好きなせいもあって、近くの釣り堀へ連れて行ってくれた。
確か……
昔の城のお堀を利用して作った、釣り堀だった。
のんびり釣り糸を垂れていると……
少し先を電車がガトゴト通るのが、不思議な雰囲気を醸し出していた。
釣りをしている俺達を見た、電車の乗客はどのような思いを持っただろう……
こうして……
祖父に連れて行かれたのがきっかけで、俺は釣りの楽しさを知った。
でもたった5歳だから、さすがにひとりでは行けなかった。
その為、祖父におねだりして、釣堀へ通い出したのである。
釣り堀の独特な雰囲気とか、馬が居なくても動く『電車』とか……
クラリスは、夢中になって聞いていた。
でも、この手の話は『厳秘』の部分もある。
『画家』であるクラリスへ、一応、釘は刺しておこう。
「クラリス、念の為。電車とかは、想像でも絵に描いちゃ駄目だぞ。大騒ぎになるからな」
「了解です!」
素直に元気に、OKの返事をしたクラリスは、感極まったのか甘えて俺に抱きついて来た。
「ああ、旦那様とのデートって楽しいなぁ」
「俺もさ」
うん、楽しい!
クラリスとは初めての『ふたりきり村外デート』だから。
でも彼女へは、更に楽しい事を報せる。
大きなサプライズがある。
俺はクラリスを一旦放して、向き直った。
「クラリス」
「はいっ!」
「もっと、お前を驚かせる事がある」
「何でしょう?」
「来月、お前と王都へ行くぞ」
「え?」
いきなり、単刀直入に言われ……
一瞬の間、クラリスは驚きで、呆然としていた。
なので、俺は念を押してやる。
「俺とクラリス、ふたりきりでな」
「あうっ」
状況を何とか理解しても……
あまりの嬉しさで、ちゃんと言葉が出なかったのだろう。
小さく叫んだクラリスは、再び俺の胸へ、思いっきり飛び込んで来たのであった。