第20話「兄と呼ぼう」
文字数 2,605文字
俺の、次の仕事は……
オベール様夫婦の愛息、6歳の『弟』フィリップの家庭教師役を務める事。
昨日「遊んで貰えなかった」フィリップは、俺を心待ちにしていたみたい。
彼の部屋に行ったら、目をキラキラさせ、勢いよく飛びついて来た。
「あにうえっ!」
ああ、年の離れた『弟』はやっぱり可愛いな。
俺はフィリップの小さな身体を、優しく抱き締め、背中をさすってやった。
……けして、ショタではないけどね。
あれから……
フィリップとは、たまに『夢の中』で遊んであげている。
ちょっと怖いパパと優しいママは居るが、俺の子と違って、兄姉弟妹もおらずひとりっ子だから。
兄弟どころか、城館内に同世代の友達も居ない6歳児は、とても寂しいに決まっている。
かといって、外へ勝手に遊びにも行けないだろうから。
少しくらいは、俺が夢の中で、かまってやりたい。
俺の創った架空世界ならば絶対に安全なので、この子とはいろいろな冒険をしている。
害のない動物と遊んだり、怖い肉食動物から一緒に逃げて、町の外の怖さをほんのちょっとだけ教えたり……
夢から醒めれば、基本的には殆どの事を忘れてしまうけど。
「お兄ちゃんと楽しい時間を過ごしたなぁ」という記憶はおぼろげに残る。
そして、今日の俺には新たな『提案』がある。
「フィリップ、ちょっと待った」
「なに?」
「アンリ兄ちゃんを呼ぼう」
「アンリを?」
フィリップは、アンリの事を呼び捨てだ。
多分、パパのオベール様がそう教えたのだろう。
立場からすると、
だが、俺には『考え』があった。
俺は、フィリップが義理の『弟』として可愛い。
『夢の中』で一緒に遊び、性格も良く分かった。
素直で明るく元気、そしてとても優しいのである。
一方、王都から来たアンリ。
騎士見習いとして、オベール家に仕える。
話を聞いてみたら、いろいろ事情があるみたいだし、王都に帰らずこの家に正式に仕官する可能性が高いと思う。
と、なればオベール家が代替わりし、弟フィリップが、将来アンリの
……もしアンリが俺と同じく『兄』という気持ちを持って、当主となったフィリップを支えてくれるのなら、素敵じゃないかと。
その為に、フィリップとアンリの『距離』をもっと縮めてやりたい……そう、思ったのだ。
「フィリップ……俺からお願いする。アンリの事を、お兄ちゃんと呼んでくれ。俺はケン
「ん~……ケンにぃ、アンリにぃ」
「よし、良く出来た。偉いぞ、フィリップ。じゃあ呼ぼうか」
フィリップの部屋前には、常に護衛の従士が詰めている。
その従士へ、「俺がアンリを呼びに行く」と断った。
従士は恐縮したが、こういうのは徹底した方が良い。
誰が頼んだとしても、守るべき対象から目を話しては駄目。
従士が離れたちょっとした隙に、主君の息子に何かあったら、大変だものね。
俺が、嫁ズの手伝いが終わっていたアンリを呼んで、合流。
仲良く3人で中庭へ移動。
そう、今日は中庭で、剣の稽古をするのだ。
俺の行う剣の稽古は自己流であるが、管理神様の与えてくれたスキルに基づいてやっていた。
俺がちょっと工夫したのは、まず魔法使いの呼吸法を使う事。
フィリップ自身は魔法の素養はそれほどないが、剣を振るう際の精神集中に役立つから。
一生懸命、「す~は~」するフィリップ。
アンリも、「勉強になる」みたいな表情で、嬉しそうに真似している。
実際の稽古は、まず素振り。
そして身体のさばき方。
最後に模擬戦。
模擬戦は、まず俺とフィリップ。
そしてアンリとフィリップ。
最後に、俺とアンリが対戦した。
昨日の俺との対戦と違って、アンリも『むき』にならない。
フィリップへ『手本』を見せると考えているようだ。
やがて……稽古は終わった。
最後に3人で『礼』をした後、フィリップには教えてある……
改めて、言葉でお礼を言うようにと。
「ケンにぃ! ……アンリにぃ! ありがとう」
「おう! フィリップ、頑張ったな」
俺はいつもの調子で返すが、アンリは目を丸くして驚いている。
「え? 私が兄?」
無理もない。
先程も言ったが……
アンリにとって、オベール様の息子フィリップは主君に準じる存在。
突如、想定外の呼ばれ方をしたから。
まだ驚いているアンリへ、俺が言う。
「はは、アンリ。俺から頼んだからその呼ばれ方で問題ない」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、今後フィリップはお前の弟だと思って、一層大事にしてくれよ。呼ぶ時もフィリップで構わない。俺からオベール様へは伝えておく」
「…………」
俺の言葉に対し、アンリの返事がない。
顔を見れば俯き加減。
唇を、強く噛み締めている。
目が少し……潤んでいる。
そして軽くため息をついて、
「……ケン様、私の生い立ちについて、クロードおじさん……いえ、オベール様からお聞きしたのですか?」
この聞き方。
やはり、アンリはまだまだ『いろいろ抱えている』ようだ。
しかし、俺は事実を告げるだけ。
「いや、何も聞いていない」
「…………」
黙り込んだアンリ。
表情からすると、少し根が深そうだ。
だが、俺はアンリを促す。
「それより、フィリップに声をかけてやれ。さっきからずっと待っているぞ」
「え?」
アンリが慌てて見れば……
フィリップは、「じっ」とアンリを見ていた。
そして、
「どうしたの、アンリにぃ。……ないてるの? かなしいの?」
「いいえ! 何でもないんで……いや、何でもない。フィ、フィリップ、これからも宜しくな」
噛みながら、言い直したアンリ。
漸く、『いつもの調子』が戻ったようだ。
「うん! アンリにぃ! おねがいします」
「こちらこそ!」
やっと笑顔を見せたアンリ。
そして傍らの俺を見ると、晴れやかな表情で、「ぺこり」と頭を下げたのであった。