第6話「ファーストレッスン」
文字数 3,491文字
転生者サキ・ヤマトが送られた異世界に居る……
サキの『サポート神』として、この異世界へ送られた俺は、実体のない幻影として存在。
『彼女の今後』について相談中である。
本来、サキともっとコミュニケーションを取る為には……
お互いの身の上話とかを、フレンドリーに、じっくりと交わした方が良いかもしれない。
だが、時間がない。
そもそも神となった俺の、『赴任期間』が限られている。
正式な担当であるヴァルヴァラ様が、休暇から戻ったら、即交代だもの。
なので、「さくっ」と手短かに『サキの事情』を聞く事にした。
俺がサキへ、話をするよう振ったら……
彼女は自分の身の上話を、誰かに聞いて貰いたかったらしい。
大きな身振り手振りが入り、熱~く詳しく語ろうとする。
俺だって、転生者となったサキの気持ちが良~く分かる。
でも時間がないから、サキを傷つけないよう、「そっ」とクールダウンさせた。
結果、サキの出自等状況を、ざっくりと把握したのだ。
サキは16歳。
ひとりっ子。
某地方都市在住の学生だった。
学校帰りに交通事故にあって、可哀そうに……死んだ。
サキの家は旧家で、父親は地元の名士。
裕福で、何不自由なく育ったみたい。
うん!
何となく、今迄の我が儘&高飛車な、サキの言動も納得した。
同時に、「これはしっかりやらないといけない!」とも思った。
サキ自身の考え方、知識、実力も、この異世界を生き抜く為に全然心もとない。
少しでも、『先輩転生者』である俺の経験を、簡潔に分かり易く、且つしっかりと伝えておかなくてはと。
考えれば、考えるほど事態は厳しい。
サキは、俺の事も聞きたがったけど……
時間が全然ない、このような状況下では……
お互いの懐かしい思い出話をして、悠長に傷のなめ合いなど、している余裕はない。
「ああ、サポート神って、想像していたより、とっても大変じゃないか!」
と、感じてしまった。
確かに、最初は「トンでもな」言い方をされて……
超が付く生意気な奴だと思い、サキには凄く「ムカッ」としたけれど……
改めて、話してみて分かった。
サキは……本来この子は、性格が良い子だと。
「世間知らず過ぎる」のは、愛嬌として……
俺と同様に不器用な上、たったひとりぼっちで異世界へ送られて、不安が大きかっただけなんだ。
だって俺へ「ごめんなさい! 言い過ぎてごめんなさい!」って連発。
またも「べそべそ」泣いてしまったから……
サキが泣くのを見て、強く思う。
俺が任されたからには、この子を、サキを死なせたくないと。
おこがましいけど、神様ならば、きざな事を言っても許される。
気の毒なサキを、この異世界で絶対、『幸せ』にしてやりたいって決めたから。
さあて、相手の事情が分かれば、早速サバイバルの心得をガンガン教える。
泣きやんだサキと、ファーストレッスンの開始だ。
まずは、俺から質問。
『サキ、お前は、ゲームとか遊んだ方か?』
『うん、スマホとかで、結構遊んだよ』
『ならば、レベルとかって概念は分かるな?』
『分かるよ、プレイヤーのレベルが上がれば、強くなるって事でしょ?』
レベルの考え方が分かっていれば、話は早い。
すなわち、レベルとは自分の実力に比例するから。
『その通り! じゃあはっきり言おう、現在、お前のレベルは5。この世界のレベル上限は99。だから、もっと鍛えないといけない』
『レベル5って……超弱いって事?』
『その通り。この世界には怖ろしい魔物が居る。人間を単なる餌と認識し、容赦なく喰い殺す奴らがな』
ここで俺は、異世界の厳しい現実を告げた。
魔物というゲームではお馴染みの不気味な捕食動物が、この世界では跋扈していると。
かつてリゼットを守る為、生まれて初めてゴブリンを見た時……
中二病に染まり切った俺でさえ、結構びびった。
ましてや、サキは女子で怖がり。
可哀そうに、「ぶるぶる」震えてしまう。
『え、餌って!? わ、わ、私、食べられちゃうの? …………こ、こ、怖いようっ』
そんなサキの不安を、払しょくするのは、サポート神である俺の役目。
守護者であるのは勿論の事、襲って来る魔物に対し、サキ自身がどう対処して行くか教えねばならない。
『大丈夫! 暫くは俺が守ってやるから。でもサキ。俺が見るところ、お前には優れた魔法使いの素質がある。現時点では生活魔法しか使えないが、地・水・風・火の全属性を行使出来る』
そう!
俺は、相手のレベルを読める。
はっきり言って、サキの将来性は高い。
頑張れば相当の実力者になれ、この異世界で有望な魔法使いとして生きて行く事が出来るだろう。
『え? ケン、私……魔法を使えるの?』
『ああ、俺達の居た前世と違い、この世界には魔法が存在する。今のお前でもキャンプをやる程度なら充分、いやそれ以上に使えるかもな』
『キャンプって? 火を起こしたり、テントで泊まったりって事? うわ、凄い! 少しは役に立ちそうね』
サキは、不安な気持ちを紛らわすように笑った。
彼女が少しだけ明るくなったところで、更にフォローだ。
『役に立つどころじゃない。一人前の魔法使いになれば、お前の人生の選択肢が広がるだろう』
『人生の選択肢……』
『その為には、まずお前の拠点を探さないとな』
サキの拠点……
考えられる候補は、3つ。
王都、中小の町、田舎村。
さて彼女には、一体どこが良いだろうか?
『拠点?』
理解出来ないのか、「きょとん」とするサキ。
これは……とことん面倒を見ないと駄目そうだ。
『サキ、ここで質問だ。人間に最低限、必要なモノは何だ?』
『…………』
サキは無言になった。
どうやら、こんな簡単な質問にも答えられないようである。
焦れて檄を飛ばす、俺。
『しっかりしろ、サキ! 衣食住だ』
『衣食住……』
『着る、食べる、住むの衣食住だ』
『あ、成る程! さすが神様、ケンは物知りね』
無邪気に感心するサキだが……
おいおい、俺を褒めている場合じゃないぞ。
苦笑した俺は、詳しく説明する。
『……あくまで俺の私見だが、衣食住で優先順位を付けるとすれば、まず食だ』
『食? 食べるって事?』
『そうさ! 人間は食べないと死んでしまう。次には住む、すなわち外敵から自分を守り、自身を癒して安らげる住居が必要だ。そして最後は自分の身体を直接守る衣服が必要だろう? 裸じゃあ暮らせないよな?』
『うん…………分かった』
『お前自身レベルアップをしながら、必要な衣食住をどんどんクリアして行くのが当面の目標だな』
『クリアって……ケン、まるでゲームだね……』
『そうだな、サキ……この世界で生きるって事は、本当に死ぬゲームをやる事だと考えろ……』
『本当に死ぬゲーム……』
『そうだ。さっきの魔物の話じゃないが……生と死って奴が、俺達が居た世界よりずっと隣り合わせなんだ。簡単に人が死ぬからな』
『…………』
『話を戻すぞ、さっき言った拠点というのは、お前が生活する場所だ』
『私が、生活する場所……』
『そう、聞いた事があるだろうし、言い尽くされたベタなセリフだが、人はひとりでは生きていけないんだ』
『人は……ひとりでは生きていけない……ええ、サキにも分かるわ』
サキはそう言うと、俺を「じっ」と見つめた。
初めて会った時とは大違い、熱く潤んだ瞳で見つめて来る。
俺はサキの視線を正面から受け止めつつ、説明を続ける。
『拠点を確保し、愛する家族と信頼出来る仲間を得れば、この異世界でもお前は幸せになれるだろう』
『愛する……幸せになれる……分かるよ、私。……だってサキは、ケンと居ると安心なの。……凄く幸せだわ』
サキの奴……
まだ異世界へ来たショックから、完全に立ち直れていないらしい。
元の世界の同胞らしい俺を見て、一気に安堵し、更に何も考えられなくなっている。
まあ……無理もない。
この世界へ来たばかりだから……まだ『現実』を受け入れたくないんだろうな。
思わず俺は、サキがとても可哀そうになり、「ふう」とため息をついたのであった。