第9話「受け継ぐ者の覚悟と優しさ②」
文字数 2,644文字
ベアトリスの憑依を受け入れると聞き、俺はさすがに驚いてしまう。
『おいおい、リゼット』
しかし、俺が止めても、リゼットは引かない。
『ベアトリス様! 私でよければ、思う存分憑依して下さいっ! いざとなれば、旦那様の葬送魔法で助けて貰いますからっ』
俺の『正妻』として、嫁ズの中心として、ユウキ家を切り盛りする。
村長代理として、俺と共に村をしっかり守り、運営する。
だが、普段のリゼットは基本穏やかでおとなしい嫁だ。
にこにこして優しく、良妻賢母の典型である。
なのに、今は凄い気合だ。
幽霊が取り憑くなんて、とても怖いだろうに……
でも、俺にはリゼットの波動が伝わって来る。
心を読まなくとも、声が聞こえる。
勇気を出せ、大恩人の為に……
自分の人生を切り開いてくれたベアトリスを、少しでも幸せにして送ってあげたい!
強く激しい想いが、にじみ出ている。
『ベアトリス様は、旦那様と同じくらい、私の人生の大恩人。こうしてお会い出来たのは運命です。旅立たれる前に良い思い出を作って差し上げたい……そう思います』
『リゼットさん……』
気迫漲るリゼットを見て、ベアトリスも感じるものがあったらしい。
目が少し潤んでいた。
リゼットの気持ちは、全く揺るがない。
逆に、どんどんどんどん押して来る。
『ベアトリス様。我が家のハーブ料理は最高です! 凄く美味しいんですよ! ぜひぜひ! 実際に味わって、香りを感じて、楽しんで下さい』
『あ、ありがとう……………………』
掠れた声で礼を言い、終いには黙り込む、ベアトリス。
そんなふたりのやりとりを見ていて、クッカも思うものがあったらしい。
『じゃあ、私も!』
と、続いて手を挙げたのである。
『クッカも憑依OKでっす。何故ならば、旦那様が居ますから……絶対に、大丈夫でっす。王女様の悪霊たいさ~んって、感じで秒殺でっす』
でっす?
あれ?
クッカの口調が変わった?
何か、引っかかるぞ。
と、気になった俺が見ていたら、
『クッカさんも、ありがとう!』
一旦は礼を言ったベアトリス。
だが!
『……って! もう! よくよく聞いたら、何?』
『うふふ、何? とは一体何でしょう? ベアトリス様』
『クッカさん! 惚けないで下さい。悪霊たいさ~んとかぁ! リゼットさんも含め、ふたりとも私が最初から悪霊になるのが前提で言ってませんか?』
ベアトリスが「ぷん!」と、むくれてしまう。
何故ならば、ベアトリスが我を忘れて暴走するのが当然、みたいなクッカの言い方だから。
『いや~……だって……ねぇ……ベアトリス様って、結構、欲望に忠実なタイプかと思いまっす』
ん!
まっす……って。
やっぱり!
クッカの口調が砕けてる。
真剣な話の筈なのに、何故か笑ってる。
ということは、ちゃんとした安全策があって、憑依しても大丈夫って事だ。
俺がさりげなくリゼットを見れば、彼女も気が付いたみたい。
意味ありげに微笑んでいる。
しかし!
『欲望に忠実なタイプ』とか言われ、怒り心頭モードのベアトリスは気が付かない。
『はぁ!? 欲望って? 王女に向かって! し、し、失礼な! 聞いて下さい! 3人とも!』
『おお』
『聞きまっす』
『お聞かせ下さいっ』
『私のふたつ名を教えましょう! この名を聞けば、ベアトリスが鉄の意思を持つ女だと分かる筈です! ケンに憑依しても、けして悪霊になどなりません!』
『鉄の意思? へぇ、教えてくれ。ベアトリスにそんなふたつ名があったのか?』
『ぜひ、聞きたいでっす』
『ええ! 私も聞きたいです、ベアトリス様、どうぞ教えて下さい』
3人の懇願に、ベアトリスは満足したらしい。
いかにも王女様って表情で、「つん!」として言い放つ。
『良い? しっかり聞きなさい! 鉄面皮よ!』
堂々と告げた、ベアトリスだが……それ、何?
鉄面皮って?
『え? 鉄面皮?』
驚いた俺に加え、クッカとリゼットも、首を振った。
『それ……意味が違いまっす』
『クッカ姉と同じく……私も違うと思います』
そうだよ、鉄面皮って……
『ずうずうしい人』って事じゃないか。
ベアトリス、本当の意味……もしかして知らないのか?
はぁ?
……一体、誰がこの子に付けたの、そんな渾名。
仕方なく、俺が鉄面皮の意味を説明したら、ベアトリスの顔付きが変わった。
『だって! 大好きなお兄様がつけて下さったのよ!』
『いや、それ……さりげなく悪意がこもってる。というか、少しはわがままを慎めよっていう、お兄さんの遠回しな指摘だと思うけど』
『そうでっす! ずうずうしいベアトリス様、しっかりと現実を受け入れましょうね』
『多分、優しいお兄様が……愛する妹へ、ほんの冗談って意味でつけてくださったのですよ』
『嘘! お兄様の意地悪! 私、そんなの信じないっ! うおおおん!』
3人から否定され……ベアトリスは行き場がなくなり吠えた。
だが、もう俺にはクッカの意図が見えた。
念話で、リゼットにも伝えてやる。
リゼットも、にっこり笑う。
こうなったら、3人は、ベアトリスを更にいじる。
『あ、ヤバイ』
『ベアトリス様、暴走開始でっす、やっぱり悪霊になっちゃいました?』
『怖い~』
『あうううう~、何でぇ~』
俺達が面白がっていじったら……
箱入りで耐性のないベアトリスが壊れそうになったから、ここでスト~ップ!
なだめ、すかし、何とか機嫌を直して貰った。
そんなこんなで……
結局、俺がベアトリスに憑依して貰う事になった。
万が一の場合、対処方法をクッカに教授して貰ったので。
さすが元女神である。
憑依に関して、言った事は真実だったが……
クッカは幽霊憑依の対処方法を知っていたのだ。
それさえしっかり使えば、ベアトリスは暴走しない。
ここで漸く、種明かしがされ……4人は全員大声で笑った。
……実はクッカの『作戦』がいきなり発動したのである。
真面目なベアトリスを、少しでも早くユウキ家に馴染ませる為……
心の距離を一気に縮める為……
クッカは、咄嗟にひと芝居打ったのであった。