第22話「村暮らしを試そう」
文字数 3,256文字
仕入れと、ショップの第一段階的な準備を終えた俺と嫁ズ。
当然ながら、ボヌール村へと帰って来た。
それで、やはりというかアンリも……
俺について行きたい気持ちを抑えきれず、強引にという感じでボヌール村へ来てしまったのだ。
城館に詰めろと命じたので、本当はいけないのだが、アンリは何故か必死に頼み込んで来た。
仕方なく、アンテナショップの店員として実地研修という形にしておいた。
エモシオンには、必ず戻るという約束を取り交わして。
そして、何と!
エマさんも一緒に、ボヌール村へ来ていた。
「良かったら……いいえ、ぜひ遊びに来て」と嫁ズが全員で誘った事がきっかけ。
そうしたらエマさんは少し考えた末に、同僚のアンリが行くのなら、一緒に村で『研修』をするって希望を出して来た。
こうして……
ふたりは2週間、村で過ごす事に。
村をしっかり理解した上、エモシオンのアンテナショップで頑張って仕事をして貰うという事になったのだ。
村へ来て数日後……
エマさんとも、俺と嫁ズはじっくり話す事が出来た。
エモシオンへ来た詳しい事情も、エマさん本人から直接聞けた。
嬉しかったのは、エマさんの方から話したいと持ち掛けられた事。
少しずつ、俺達へ心を開いてくれていると感じたもの。
そう、イザベルさんが言っていた、エマさんの心の傷とは……
……彼女が、実の兄を失くした『傷』だった。
気の毒に、エマさんは生まれた時には孤児だった。
それも双子の捨て子。
無責任な親に捨てられた兄妹は、王都の孤児院で育った。
そして大人になってからも、力を合わせてふたりきりで生きて来た。
だが悲劇が、兄妹を襲う。
冒険者として生きていた兄は、ある依頼で命を落としてしまったのだ。
兄が危険な冒険者をしていたのは、
短期間で金を稼ぎ、将来兄妹ふたりで、王都に小さな店を開く為……
しかし、その夢は
否、粉々に砕かれてしまった。
王都で
そこで、辛い思い出のある王都を離れ、エモシオンへ行こうと決心した。
遠い南の町で、心の傷を癒してやり直そうと、ずっと長い旅をして来たのだ。
だがその矢先、暴漢に襲われてしまったのである。
新たな幸せを掴むため、エモシオンに来たエマさんには、逆に怖ろしい地獄への扉が開こうとしていた。
だが……
きまぐれな運命は、すんでのところで変わった。
エマさんは、俺達やオベール様夫婦と劇的な出会いをした。
結果、呪われた扉はしっかり閉められ、跡形もなくふさがれたのだ。
さてさて、イザベルさんが見込んだ通り、エマさんは素敵な女子だった。
かつてソフィやグレースが、最近ではテレーズが人気者になったように……
この村へ来て、すぐ溶け込んだのである
ちなみにエマさんは、俺の家に泊まっている。
嫁ズとは勿論、お子様軍団とも仲良くやっている。
子供達は、テレーズの時同様、新たに出来た『お姉ちゃん』に大はしゃぎだ。
一緒に暮らしてみて、改めて分かったが……
エマさんは生来、明るくて働き者。
家事も得意で、子供好き。
優しいし、気配りにも長けている。
朝早くから起きて、村民と元気よく挨拶し、夕方までばりばり働くエマさんは新参者だとは思えないほどである。
まるで、元から居る村民のようになってしまった。
こうなると、様々な前例ありきだから……
「おいおい、また可愛い嫁を増やすのか?」という、多数の村民から突っ込みはあった。
いやいや、さすがにもう増やしませんって。
聞かれる度に苦笑して答えるけど……俺は、全然信用されていない。
一方のアンリ……
こちらも、エマさんに負けてはいない。
7歳から騎士の家で、何でもありの、丁稚奉公をしていたのは伊達ではなかった。
礼儀正しく、あいさつも超が付く元気。
はきはきと物言いし、初めてのどんな仕事にも労をいとわず、がむしゃらに働くから村民受けも良い。
農作業から狩り、店番、その他雑用と、何でもこなすアンリ。
子供と一緒に昔遊びもする。
だから、エマさん同様、子供達にも人気者。
フィリップから呼ばれたみたいに、アンリ
そのアンリが、声のトーンを落とし囁いて来る。
「ケン様、今夜折り入ってお話が……出来れば、ふたりきりで話したいのですが」
すぐピンと来た。
これって、オベール様の言っていた話の残りだと。
「なら、お前の家に行こうか? 久しぶりで懐かしいし……」
俺は、アンリの仮住まいへ行くと持ちかけた。
懐かしいというのは理由がある。
アンリが今住んでいるのは、義理父ジョエル村長の別宅。
かつて独身時代の俺も住んだ、思い出のある家だから。
「え? 懐かしいって……ああ、そうですよね! 昔、ケン様が住んでいたのですよね?」
「おお、そうさ。じゃあ、美味い酒とつまみ持って行くからな」
「ありがとうございます!」
「男ふたりだからエッチな話くらいするか? あ、念の為、ウチの嫁ズには絶対内緒な」
「はい! 楽しみです」
異世界ヴァレンタイン王国は、16歳になれば大人認定。
17歳のアンリは、もう酒も飲めるし、結婚も出来る。
俺がおどけて返すと、アンリも嬉しそうに笑ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時間はもう夜中……
俺の家で一緒に夕飯を食った後に、アンリの家へ移動し、『飲み会』は始まった。
折り入ってと言いながら、アンリは中々本題を切り出さないから、時間だけが悪戯に過ぎたのである。
多分、話とは、彼の出自の事なのだろう。
でも、さっきからアンリは楽しそうだ。
俺も彼と話すのが楽しい。
だから今夜、話が聞けなくたってOK。
話す気になった時、じっくりと聞いてやれば良い。
アンリが7歳から住み込みで働いていた騎士の丁稚修行は、使用人が行う仕事と全く変わらないらしい。
「雑用は、全然問題ない」と胸を張って言い切る。
また、初体験の農作業や店番は騎士の屋敷で勤めるのと、全く勝手が違って逆に面白い。
狩りは広大な原野でのびのび、王都近郊より全然楽しく行える。
大きな身振り手振り付きで、力を入れ、語っている。
本来、騎士見習いが行う下積みの仕事は、全てが正規の騎士となる為の過程である。
それ故、我慢が出来る。
しかしボヌール村の仕事は、今やっている労働が本業。
地味で辛い自然相手の日々が延々と続く……
それを、アンリがどう感じるか、俺は少し気になっていた。
ぶっちゃけ『少し』というのは、もしアンリが村民にならなくても構わないという事。
彼には彼の道がある。
村で過ごした結果、やはり騎士になりたいと思い直したら、遠慮なくオベール様に仕えれば良い。
なので、俺は改めて言ってやる。
「話の腰を折るようで悪いが……アンリ、ボヌール村での暮らしは、日々単調で地味。結構、辛い毎日だ」
「ええ、分かります」
「いや、分かっていない。明日食べるものの心配もしなくちゃいけない、貧しい暮らしなんだ。村民になるのは強い覚悟が要る、あまり良い面ばかりじゃないぞ」
「…………」
アンリは、一瞬黙った。
俺が告げた言葉の意味を、考えているようだ。
なので、俺はつい聞いてしまう。
「騎士になるという選択肢は、まだ残っているんだろう?」
俺の質問を聞いたアンリは、首を横に振る。
そして「にこっ」と微笑んだのであった。