第2話「俺の決意」
文字数 3,163文字
二週間前の夜、自宅寝室……
俺とグレースは熱く愛し合っていた。
嫁に対しての愛は公平であれ! が俺のモットーである。
だけど、最近はグレースを気にかけてやっている。
嫁ズの中で唯一子供が居ないグレースが、殊更欲しがったからだ。
幸い他の嫁ズには子供が居るし、グレースを相当気遣ってくれている。
気遣ってくれるのは、グレースの年齢的なものもある。
だけど……
嫁ズの中で一番年上と言ったって、グレースはまだ30歳になったばかり。
俺から見れば全然若いのだが、本人はとても気にしている。
まあ、何といっても他の嫁ズが20歳から23歳だから際立ってしまうのだ。
と、いう事でここ数ヶ月は1週間のうち、3日はグレースとエッチ。
だが彼女自身が気配り上手で他の嫁ズへの働きかけもあり、波風は立たず家庭内は平和だ。
この夜……俺はグレースを見て何となく幸せな予感がした。
以前、他の嫁ズが妊娠する前に覚えた感覚と同じである。
間違いない!
グレースにもとうとう……子供が授かるのだ。
しかし、これはあくまで勘のようなもの。
だから俺は、相手へ告げたりはしない。
万が一の場合は、落胆が大きいから。
しかしそんな『吉報』も知らず、愛の行為終了後もグレースはたっぷり甘えて来る。
「旦那様ぁ……今夜もい~っぱい愛して貰っちゃいましたぁ! グレースは幸せですぅ」
昼間は凛とした綺麗な大人のお姉さん。
もしくは、落ち着いた淑女。
だが、夜だけは超が付く甘えん坊少女になる。
そんなギャップがたまらない。
我が嫁ながら、すげ~可愛い。
しかし俺はずっと悩んでいた。
それはグレース……いやヴァネッサの記憶をこのままずっと消したままでいいのかという葛藤だ。
ヴァネッサを受け入れる時、俺と他の嫁ズは全員彼女の事情を知っている。
何故自分がボヌール村へ来たのか?
その
しかしこれは、デリケートな問題である。
ヴァネッサは策謀を巡らしエモシオンの街を荒れさせようとした。
領主としての評判を落として、オベール様の失脚を目論んだ。
彼女の兄弟などはもっと酷くて、傭兵くずれのならず者を雇って領民を虐殺させようとした。
いい訳をするようだが、家族とボヌール村を守る為に俺は自衛するしかなかった。
風評被害を撒こうとした元従士達を捕まえ懲らしめて、ヴァネッサのたくらみを粉砕した。
凶悪なならず者を殲滅し、罰として彼女の兄弟達を北の砦へ送った。
結果的に……『誰も居なくなった』ヴァネッサの実家ドラポール伯爵家は、王国によって取り潰されたのだ。
今更こんな事を言うのは最低であり下の下だが……
元々俺は、ヴァネッサと結婚する気などなかった。
貴族令嬢だったヴァネッサを引き取り、ボヌール村で暫く暮らして貰う。
そして生活力がそこそこついたら、王都へ戻すつもりだった。
王都へ戻す際は、貴族令嬢だった記憶は一切消去する。
別人のグレースとして戻そうとも考えていた。
彼女の不幸な生い立ちには同情したし、市井の人として末永く幸せに暮らして欲しいと願ったからである。
しかし一緒に暮らすうち、俺はヴァネッサ本来の人柄に触れた。
不幸な境遇から極端に変貌してしまったが、本来の彼女は優しく思いやりがあり、聡明で素晴らしい女性だった。
そして何と!
俺に惚れてもくれた。
結局、俺自身も彼女にベタ惚れしてしまった。
相思相愛確定だ。
かつて義理の娘で犬猿の仲だったソフィことステファニーも、ヴァネッサを認めて家族全員が一緒に暮らそうと賛成してくれた。
いや逆に『グレース』を絶対に手放すなとも言ってくれたのだ。
だから俺は結婚した。
夫に恵まれなかった悲惨な過去。
オベール様とした3度目の結婚と、あっけない離婚。
怨みと呪詛を吐く醜い魔女に陥った、王都での日々。
そして俺がヴァネッサの兄弟3人を粛清し、北の辺境の地へ志願兵士として送った。
そんな衝撃の過去と事実を知り、俺と結婚した今の状況を認識すれば……
当のヴァネッサはどう受け止め、どのように感じるだろうか?
俺はヴァネッサに知られないよう、密かに悩んだ。
深く悩む俺を見て、見るに見かねた他の嫁ズも相談に乗ってくれた。
俺は自分では持ちきれず、全員に相談した。
結局……意見は、まっぷたつに分かれた。
すなわち、慎重な方法で記憶を呼び覚まして真実を告げるか、それとも今の幸せな暮らしを貫いて永遠に真実を隠すかだ。
もしも真実を告げたら……
ヴァネッサは心変わりするかもしれない。
俺なんか愛していないとすっぱり言い放ち、以前オベール様と離婚したように王都へ帰るかもしれない。
それは仕方がない。
今、ヴァネッサが俺を愛してくれているのは、過去の記憶がない上での事だから。
だが、このままで行けば来年かそこらに転機が来る。
すなわちヴァネッサに俺の子が生まれる。
彼女はママになるのだ。
子供を産ませた俺に対して、もし真実の愛がないとしたら……
果たしてこのままで良いのだろうか?
こういう時はヴァネッサとふたりきりで旅に出るのが良いかもしれないと思った。
俺は他の嫁ズと相談して了解を貰い、旅立ったのである。
閑話休題。
ヴァネッサ……いやグレースはもの珍しそうに辺りを見回している。
この王都はグレースの故郷だ。
生まれ育った街である。
しかし記憶を消されてボヌール村で暮らす今となっては俺と同じおのぼりさんに過ぎない。
俺達は石畳で舗装された道を歩いて、王都の中央広場へやって来た。
中央広場から大きな道が放射線状に伸びている。
その道によって各街区が仕切られているのだ。
中央広場には市が立っている。
行商人が様々なものを売っている。
芸人が面白い大道芸を見せている。
それらを見てグレースが目を丸くする。
そして微笑む。
まるで昔を懐かしむかのように。
「へぇ! 王都ってやっぱりにぎやかですね」
「そうだな」
「でも……」
「でも? 何だい?」
「ごみごみしていて……何というか息苦しいです」
「そ、そうか?」
「はい! 私、やっぱりボヌール村が良いです。空気も良くてのびのび出来ますから」
ちょっとだけグレースの言葉に違和感を覚えた。
だが、優しく笑うグレースを見て、そんな事よりもっと考えなくちゃいけない事があると思い直した。
今、グレースの為に何をやるべきなのか?
考えた末に、少しずつ見えて来た。
何があろうと、俺はこの人を幸せにすれば良いのだと。
俺には様々な過去がある。
思い起こせば、悲喜こもごも。
嬉しい出会いと、辛い別れをたくさん経験して来た。
そしてグレースにもある。
俺以上に長く生きて、積み重ねて来た人生がある。
全てを共有する事は不可能かもしれないが、彼女の思いを極力受け入れてやれば良い。
決めた!
まずは自然な成り行きで、そして最後にはグレースが望むようにしてやろう。
彼女が傷つきそうになったら、倒れそうになったら俺が癒して支え、身を挺して守る。
それで良い。
俺は手を差し出した。
すかさず、グレースが「きゅっ」と握ってくれる。
俺達は顔を見合わせて笑うと、喧騒の中をまたゆっくり歩き出したのであった。