第16話「勇者伝説の始まり?」
文字数 2,733文字
今居る場所から王都方面へ、街道を約1㎞向かった場所だ。
ゆ~っくり歩けば約10分かかる。
でもそんな悠長な事をしてはいられない。
何せ、人命がかかっているのだ。
だから俺とジュリエットは身体強化の魔法を使い、現場まで約1分で駆け抜けた。
でも……
俺って、本当はもっともっと早く走れる。
さくっと転移魔法だって使えるし。
実は……ペースを合わせてあげている。
「さあ、私に続け」とばかりに先頭を走るジュリエットに。
彼女には、誉れ高き勇者を目指して気持ち良く頑張って欲しいから。
サポート役の裏方には、こういう内緒の気配りも大事。
まあ、1分なんてあっという間。
すぐに『襲撃現場』が見えて来た。
ああ、オーク共が1台の馬車を取り囲んで襲っている。
やっぱり数は軽く30以上は居るようだ。
襲われているのは、どうやら旅の商人プラス護衛らしい。
冒険者風の騎馬の護衛2名が必死に戦っているが、あまりの数のオークに恐れをなして馬が必死に逃げようとしていた。
「ケン、急いで彼等を助けるぞ」
おお、ジュリエットはやる気満々。
『初仕事』って、言っていたっけ。
ちなみに俺、このパターンはこの前クリアした。
そう、先日従士達と旅に出た時にボヌール村近辺で南国アーロンビアの商隊を助けたのだ。
確かあの時はゴブの群れだったが、今回はオーク。
相手が若干強いが、やる事は変わらない。
間違いなくジュリエットのフォローを、バッチリしてやれるだろう。
とりあえず『天界拳』だけで充分行けそうだ。
俺が拳と蹴りでオークと戦おうとした、その時。
『待て、ケン。私の神剣を使うのを忘れるな。それと絶対に攻撃魔法は使うなよ』
え? ああ、念話?
これは、ヴァルヴァラ様の声だ。
神剣を使え?
攻撃魔法を使うな?
ああ、そうか!
ピンと来たぞ。
誤爆防止と、ヴァルヴァラ様の好みのスタイルで戦えって事だ。
神剣を使う理由は一目瞭然。
ジュリエットや助けられた人から銀の剣をチェックされた時に、「これは女神ヴァルヴァラ様から授かったありがた~い神剣です」と言う為。
そうすれば神剣の威力に感心した人が、ヴァルヴァラ様へ「はは~っ」と恐れ奉って、彼女への信仰心を上げるって仕組み。
成る程、分かり易い。
了解っす!
「おらおらおら~っ!!!」
既にジュリエットは、美しい顔に似合わない凄まじい雄叫びをあげながら戦い始めていた。
俺もおもむろに神剣を抜くと、オークの群れに突っ込んで行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
たかが30体くらいのオーク如き、レベル99の俺とレベル50オーバーのジュリエットコンビの敵ではない。
更にヴァルヴァラ様の意図通り、俺達は攻撃魔法を使わず剣と格闘技で圧倒したのである。
うん、とりあえずファーストミッション無事完了。
一方、助けられた商人と冒険者は呆然としていた。
何せ、たったふたりの若者がオークの群れを瞬殺に近い形でやっつけたのだから。
しかしよくよく考えてみれば……
素顔の俺が一般人の前でこのような戦い方をしたのは初めて……
今迄は勇者認定されないよう、「絶対に目立たず」が俺のモットーであったもの。
でも、今回は趣旨が逆。
俺本人ではないが、行動を共にするジュリエットの名声を一気に上げるのが目的。
思い切り派手に活躍して、なる早で国王に呼ばれるのが一番早道。
どうせ、俺はもう少ししたらこの世界からは居なくなるし。
アールヴの国同様、名前だけしか残らないって寸法だ。
オーク共をお掃除した俺とジュリエットが立っていると、商人達が安堵の表情をして頭を下げる。
「おお、凄いですねぇ、あなた方は! ありがとうございました。もう少しでオーク共に喰われるところでした。心より感謝致します」
「素晴らしいっ! 幸い人も積み荷も無事です、本当にありがとうございます」
俺達を絶賛する商人達の後で、護衛をしていた冒険者達も嬉しそうな笑顔を見せる。
「おい、ありがとな。助かったよ、もう駄目かと思った」
「そうそう、でもお前達凄いな、女の子は超美人だし」
しかしジュリエットは、さも当然とばかりにジト目になる。
「ふん! 私が超美人なのは当たっているが……オークなど雑魚! 全然大した事はない。ほんの小手調べレベルだ」
「小手調べ?」
「はぁ?」
目を丸くして呆気に取られる冒険者達へ、ジュリエットは胸を張る。
「分からないのか? お前達は私達の戦いを見ていただろう?」
「ま、まあ……」
「み、見ていたよ」
「ならば……ある程度の冒険者なら、見極められる筈だ。……私達は全く本気を出しておらん」
「へ?」
「う?」
護衛の冒険者達は顔を見合わせた。
確かに、俺とジュリエットは楽々戦っていた。
息さえも切らしていなかったから。
ジュリエットは更に言う。
「まあ、良い。そんな事よりお前達に頼みがある」
「た、頼み?」
「ななな、何だい?」
良い年をした大人達が圧倒されている。
凛とした男勝りな美少女に。
「お前達は王都の冒険者ギルドを知っているだろう?」
「そりゃ、当たり前だ」
「うん、当然。俺達所属しているしな」
やっぱり、この護衛ふたりは冒険者。
それも王都のギルド所属なら話が早い。
俺と同じ事を感じたのだろう、ラッキーだと。
ジュリエットがニヤリと笑う。
「ならば、丁度良い、案内してくれ。私は幼馴染みのケンと共にギルドのランク認定試験を受ける」
「え? あんた達、ノーランカーだったの?」
「い、意外だ……」
「そう、故郷の村をこいつと一緒に出て来たからな、そして、これから始まるのだ」
「これから始まる?」
「と、いうと?」
「うむ! お前達は本当に幸運なのだぞ」
「え?」
「幸運?」
「たまたま私達の初陣に居合わせたからだ、とてつもない名誉だぞ」
「…………」
「…………」
「あ~ははははっ! 誉れ高きジュリエットの名がこの初陣から響き渡る。最強勇者の伝説が今ここに始まったのだ」
高笑いするジュリエット。
この子可愛くて強いけど……性格が少し痛い。
いや、とんでもなく痛い。
だが……俺はこの子をフォローするしかない。
商人も冒険者も固まっている中で……
楽し気なジュリエットの笑い声だけが、大きく響いていたのであった。