第10話「王宮」
文字数 2,335文字
クラリスの絵を気に入って、買い上げていたのは……
このヴァレンタイン王国の超VIP、国王リシャール様の弟君、宰相レイモン様であった。
商会の言う、『やんごとなきお方』って……
上級貴族で、まあ伯爵くらいなのかな?
と予想していたから……
それが『レイモン様』だと聞いて、俺もクラリスも、さすがに吃驚仰天。
そもそも王族なんて、それも直系の王族なんて……
雲の上の、更に遥か上の人で、俺みたいな平民には基本的に関係ないのだが……
このレイモン様は、庶民の間でも超有名人なのである。
現国王、つまりレイモン様の兄リシャール様は……
悪い人ではないのだが、政務にいまいち積極的ではない。
性格も気ままで鷹揚である。
その兄を裏方として助けているのが、弟の宰相レイモン様。
爵位は公爵。
お気の毒に、結婚後まもなく……奥様を流行り病で亡くされてしまったとか……
元々生涯補佐役を宣言し、次期国王などという野心を一切持たず、兄の為に粉骨砕身で仕事をしていたが……
愛する奥様が亡くなってからは、更に拍車がかかったという。
今では、いつ寝ているのか? と噂されるくらいの働きぶりだ。
レイモン様は、話す相手を身分で区別しない事でも有名である。
いろいろな意見を積極的に取り入れ、様々な革新的政策を打ち出していると聞いた事もある。
以前に俺とレベッカが楽しんだ、商業ギルドホールのイベント施策も、レイモン様のアイディア&後押しだとか……とても素晴らしいと思う。
そのレイモン様が、俺達に会いたいという要望があるらしい……
当然、絵の作者であるクラリスに会いたいのだろう。
夫の俺は、あくまでも『おまけ』でね。
こうなったきっかけは、先ほど商会で聞いた。
マルコ氏が気に入って、『商品』として持ち帰ったクラリスの絵、ボヌール村の風景画を、これまた気に入った会頭が……
一枚だけ、レイモン様へ献上したのが発端らしい。
……普段、激務で大変なレイモン様の、少しでも心の慰めになればと……
レイモン様はとてもその絵を気に入ったらしく、
「他にはないのか?」とすぐに連絡をして来たのだという。
そして……商会はレイモン様の要望に応え、クラリスの絵を何枚も買った。
うん!
だんだん話が見えて来た。
最初は王都へ到着した日に呼びつけて何だよ? と思ったが……
相手が相手。
レイモン様は、王族中の王族なのだから。
ならば、このような無茶振りも仕方がない。
キングスレー商会を出た俺とクラリスは、……商会の馬車で、早速王宮へと向かった。
『付き添い』は、商会の会頭チャールズ氏と幹部マルコ氏である。
伺うのは、王宮内にある宰相の執務室だと。
王宮内へ入る前は予想通り、厳しいチェックが何度もあった。
害意を持った
という懸念からだ。
武器等を持っていたら、当然、速攻で取り上げられる。
俺とクラリスは元々武器を持っていなかったから、問題はなかったが……
4人とも身体チェックを何度も受けた。
ちなみに、クラリスのチェックはどうなるのか、やきもきしたが……
王宮の女性騎士が行ったから、安心であった。
広大な王宮の中へ入ってからも、道のりはとても長かった。
警護担当の騎士に先導されながら、また何度もチェックを受けた。
そんなこんなで……
やっと宰相執務室前へ到着する。
巨大で重厚な両扉の両脇には、これまた屈強な騎士がひとりずつ、計ふたりで頑張っていた。
騎士ふたりは、同僚に先導された、俺達4人を睨み付ける。
別に他意はなく、万が一を想定し、全ての者に疑いの目を向ける。
それが警護役の心得だから、仕方がない。
俺達を先導した騎士が、警護役の騎士達の了解を得て、執務室の扉を軽くノックした。
「誰だ?」
すると、渋く低い声が戻って来た。
俺の勘だが、何か秘書とか、そういう人じゃないぞ。
案の定というか、騎士のセリフが、
「殿下! お呼びになった者、計4名を連れて参りました」
「うむ、……そこには爺も居るな? 気配で分かる」
おお、やっぱり本人だ。
王国宰相なのに、取り次ぎ担当とか、置かないんだ……吃驚。
でも、爺?
それって誰?
と思ったら、キングスレー商会の会頭チャールズさんが、即座に返事をした。
「はい、殿下! 爺はここにおります」
へぇ!
この会頭さん、『爺』って呼ばれてるの?
平民なのに、王族のレイモン様と凄く親しいんだ。
俺がそれ以上に驚いたのは、レイモン様って、魔法使いとしての素養もあるって事。
気配で分かるって、多分魔力の波動、
つまりは、俺の使う索敵の魔法と一緒。
だから事前に、俺達が来るのを分かって、扉の傍に居たのだろう。
「では入れ」
レイモン様の声に応えるよう、直立する警護の騎士ふたりが黙って頷いた。
それが通行OKというサインなのだろう。
「は! 扉を開けさせて頂きます」
今度は、案内の騎士により、執務室の扉が開かれた。
いよいよ、謁見だ。
レイモン様って、噂では素晴らしいって聞くけど、本当はどのようなお人柄なんだろう?
何故、クラリスの絵を気に入ってくれたのだろう?
そして、超が付く忙しさなのに、俺達を呼んだ意図って?
様々な疑問を持って……
クラリスを連れた俺は、王国宰相の居る部屋へ足を踏み入れたのである。