第1話「あの子は特別」
文字数 2,507文字
前世では居酒屋で「わいわいがやがや」陽気に飲むのが好きだった。
金がないから、安い店しか行けなかったけど……
気の置けない仲間と最後に飲んだのは死ぬ直前。
飲み仲間は、あの後どうなったのか?
今頃どうしているのか?
居なくなった俺の事を、たまには思い出したりしてくれているのか?
それともすっかり忘れてしまったのか?
たま~に、望郷の念にかられる。
そんなロンリー気分の時は、ちょっと夜更かしして家飲み。
家飲みと言っても、それしか選択肢がない。
ボヌール村に酒場はないからだ。
唯一酒を出すのは、大空屋の宿屋部門。
それも宿泊客限定で、ワインをたった一杯だけ。
俺と嫁ズが決めた方針である。
何故なら、外から来た酔っ払いの乱暴狼藉を防ぐ為。
さて、俺が家で飲む時だが、ひとりきりは滅多にない。
嫁ズの誰かが付き合い酒をしてくれる。
酒が飲めない嫁も居るけど、お茶で付き合ってくれて楽しい。
子供は超が付くほど可愛いし、一緒に居ると幸せになる。
だけどたまには大人だけの語らいが必要。
子供が居ない大人の空間で、他愛もない事を喋ってストレス発散をするのだ。
そんなわけで、今夜もちょっと家飲み中。
向かい側で飲んでいるのはクーガー。
嫁ズの中では、抜きん出た一番の酒豪である。
俺が、冷えたエールをひと口飲むのを見ていたクーガー。
いきなり、ぽつりと言う。
「旦那様、リリアンって憶えてる?」
「ぶっ!」
俺は吃驚して、口の中のエールを吐き出してしまう。
クーガーは呆れた後、すぐに悪戯っぽく笑う
「ったくう、何、驚いてるのぉ? 怪しいなぁ……何かあったの? 彼女と」
「え、え~と……」
俺は、曖昧な表情で誤魔化す。
クーガーには、もう全てお見通しかもしれないけどね。
リリアンはクーガー率いる魔王軍に居た夢魔サキュバス。
凄く妖艶な女。
他の幹部が諜報部とか言っていたっけ。
結婚前、ジョエルさんから借りた旧宅に居た頃だけれど。
夜中に突然、俺の部屋へ現れた時には吃驚した。
何故か、いきなりキスを誘われたっけ……
※ど新人女神編第109話参照。
思い出すと……
何となく、懐かしい気持ちになる。
「そういえば……リリアンって、最後に戦った時には居なかったな。どうしたの? 彼女」
「うふふ、気になるぅ?」
「ちょっと……な」
「すっごい美人だからでしょ? 大人の女の魅力たっぷりって感じだったものね」
クーガーの言う通り、リリアンは大人の女の魅力全開だった。
嫁ズで例えれば、グレースをとってもエッチっぽくした感じ。
キスしようとか言われて、何とか冷静のスキルを発動して抑えたけど。
何を抑えたって?
そんなの言わなくても分かるでしょ?
「リリアン、旦那様との決戦前に、魔王軍やめるって言って……突如居なくなっちゃったのよ」
へ?
やめる?
そんなに簡単に魔王軍って抜けられるの?
裏切りはなんとやらとか、鉄の掟とかないの?
酒を飲んでいる勢いもあって、俺はクーガーへ突っ込むと……
「普通はやめるなんて、そんなの許さないわ」
何を思い出したのか、俺をキッと睨むクーガー。
ああ、何となく分かります。
あったのね、掟。
「でも……私とあの子は特別なの」
「特別?」
「うん! 私が地の底へ堕ちて魔王になった時には既に傍に居てくれた。いろいろ面倒を見てくれた。最初から唯一の味方だったんだ」
「そうか……」
「当然引き留めたわ。だけど……やめさせてくれないなら、いっそ殺してって言われたら……」
そうか……
クーガーとリリアンって、固い絆で結ばれていたんだ。
何となく、俺にも分かる。
斜に構えて、口に少し毒があったけれど……
悪い奴って感じじゃあなかった。
「今頃、どうしているかな?」
「気になるけど、分からない、今はどうしているのか……まあ、良いわ、あの子の事は。明日も早いし……そろそろ寝ようか?」
「ああ、寝ようか」
行方不明になったと言うリリアンの話をして、何となくしんみりした俺達は床へ就いたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その夜、俺は夢を見た……
これは!
以前、リリアンに見せて貰った故郷の夢だ。
俺は古き良き故郷を歩いていた。
故郷の風景は開発されて変わってしまった。
なので、俺が見ている風景はどこにも存在しない。
そして、故郷に居るのは子供の俺ではなかった。
大人になった今の俺である。
誰も居ない今は存在しない故郷の町を、俺はひとりで歩いていたのだ。
「こんばんわぁ~」
あ、この声は!?
俺が振り向くとリリアンが立っていた。
何故か、ボヌール村の娘風の恰好。
「え? リ、リリアン!?」
「うふふ、憶えていてくれたんだぁ、嬉しいな」
「おいおい、お前突然居なくなったんだって? クーガーが心配してたぞ」
「……知ってる!」
「知ってるって? おいっ!」
「ねぇ! それより私とデートしてくれない? これが最初で最後のデートだから」
デート?
それも最初で最後の?
意味が分からねぇ。
俺は思わずリリアンの顔を見た。
意外にもリリアンは真剣だった。
切ない目をしていた。
まるで、縋るように。
一生に一度のお願いをするように。
こうなったら、俺には断るなど出来ない。
「分かったよ……デートしよう」
「やったぁ!」
リリアンは嬉しそうに手を差し出して来た。
俺も手を伸ばして彼女の手をしっかり掴む。
小さく華奢な手。
白くて細い指。
初めて握る女の手。
でも……
何故か懐かしい。
酷く懐かしいのだ。
「さあ、行こう! うふふっ」
こうして……
笑顔いっぱいのリリアンに手を引かれ、俺は夢の中の故郷を歩き始めたのであった。