第17話「弾む気持ち①」
文字数 2,926文字
他地区から訪れる商隊は、村の人達へ直接は商品を売れない仕組みとなっているのだ。
ではどのようなシステムかと言えば……
ミシェルの実家というか、今やユウキ家の所有店である大空屋に一旦卸されてから村民へ小売りされるという仕組み。
村は大空屋の独占販売を認める代わりに、売上げの中から手数料を取る。
その手数料が貴重な財源として、村の運営費の一部を賄っているのだ。
それって、もろに癒着&ベタな既得権。
第三者から見れば、いかがなものかと思うだろう。
だけど全村民も好意的に認めていて、村と大空屋は持ちつ持たれつの関係。
何故ならば村民へ売るだけではなく、生産余剰品の買取も大空屋は行う。
つまり、村の貨幣経済を回す重要な役割を担っているから。
最近は特に品揃えが充実しているから、買い物が村民の働く励みになっているという話も良く聞かされる。
多くの村民からそう言われると、余計にやりがいがあるというものだ。
そんなある夏の日の、早朝の事……
北の国から訪れた商人が出発前に、俺達へ商品を売る時間を設けてくれた。
広げた商品を俺とミシェル、そして商売に目覚めたクラリスが仕入れのチェックを行っている。
様々な日用品、嗜好品が並べられているが、需要性と値段の兼ね合いがある。
仕入れる商品の大前提は村で生産が不可能なもの。
優先順位が最も高いものはエモシオンの町でも絶対に手に入らないもの。
加えて必需品でもある事。
値段があまりにも高ければパスだが、基本的にはトライアル的に購入しておく。
当然だが、商品の質も見る。
安物買いの銭失いでは、目もあてられないからだ。
次はエモシオンの町でも手に入る物。
購入は値段次第である。
エモシオンへ、出かける手間の兼ね合いを考えて仕入れるのだ。
俺の内緒な転移魔法でお手軽に行けるといっても、エモシオンへ行って帰って来るだけで時間がかかる。
同じ商品がこの場で安く買えるなら、商隊から買うのは全然『あり』なのだ。
敷布の上に広げられ、並べられた商品の中でやけに目立つ物があった。
やたら異彩を放っている。
それは革製のボールらしきものであった。
大きさはサッカーボールを少し小さくしたくらいだろうか?
俺が見た所、素材は鹿皮。
ふたつの皮を張り合わせて、中に空気を入れて膨らませてあると思われた。
俺は、目の前に居る商人へ尋ねる。
「これって何?」
「ボールでさぁ」
あのさ……
この異世界でも、もろにそう言う?
予想した通りの答えが返って来るから、俺は思わず苦笑する。
「ボールって……一体、何をする道具なのかな」
「ええとね、若旦那。これは遊び道具らしいですぜ。鹿皮を張り合わせたもので投げたり、蹴ったりするようなんだ。まあ俺も詳しい事は知らないね」
ああ!
商人として、商品知識がないものを売るのはいかがな事か?
俺はそう思ったが、そんなツッコミをして場の雰囲気が悪くなっても双方にメリットはない。
だから、言わずにやめておく。
ちなみに若旦那という呼び名は、大空屋の若主人=俺って事。
俺が商人とやりとりをしていると、横からミシェルとクラリスが覗き込んで来る。
「旦那様、何か面白いものあった?」
「それ……何ですか?」
俺のオタクな知識と記憶では地球の中世西洋では既にボールを使った遊びがあったらしい。
日本では
ボヌール村ではボールという存在が、まだ知られていないようだ。
だから、すかさず解説してやる。
「ああ、これはボールといって遊び道具なんだ。投げたり、蹴ったりして遊ぶ道具さ、
俺の思わせ振りな言葉を、聞いたふたりは興味を示す。
勘が良いから、すぐに何かあると気付いたらしい。
「へぇ! 売れるかな、これ」
「触るとパンとしていて、結構硬いモノですね」
目の前のボールを商人として見るミシェルに、触って製作者として確かめるクラリス。
ここで俺にまた「ぴかっ」と良い考えが浮かんだ。
「おっちゃん、これ何個あるの?」
俺は、商人に再び尋ねた。
即座に返す商人。
「3つかな?」
「じゃあさ、纏めて買うからおまけしてくれないかな。ひとついくら?」
「ええっと金貨1枚」
※約1万円
「ええっ!? 高い!」
「暴利です!」
商人の出し値を聞いたミシェルとクラリスが、思わず目を丸くした。
辺境の田舎ボヌール村では物価が安い。
大きな買い物さえしなければ、金貨1枚で約一ヶ月は余裕で暮らせる。
それを考えたら、酷い値付けだと感じたのだろう。
俺達からジト目で睨まれて、商人は慌てる。
「そんな! 良く見てくれよ! 精巧な造りだろう? ボールって奴は作るのにやたら手間がかかるんだってさ」
手間ねぇ……
いけないと知りながら、ここで俺は禁断の質問をする。
「おっちゃん、それは分かるけど……これいくらで仕入れたの?」
「おいおい! ……それ聞くのは商人として掟破りだろう、若旦那よぉ」
「ふふふ、言わないのなら俺がズバリ当ててやろうか?」
「や、やめて下さいよ」
ミシェルの夫として、俺には商店主人の顔もある。
殆どの業務はミシェルとクラリスが行うがたまに出張る。
そして必殺のディベート術と神ってる勘の鋭さを炸裂させるのだ。
たまに魔法も使ってね。
その為か、近隣の商隊連中からは友好関係を保ちながら恐れられていた。
「じゃあ仕入れ値は言わない。その代わり少し負けて!」
「くうう……若旦那には口ではまったく敵わないし、仕入れ値を全部暴露されても困るからなぁ……わ、分かった! ボール3つで金貨1枚と大銀貨5枚でどうだ」
成る程!
一気に半額だ。
普通ならこれでOKだが、俺はまだ手綱を緩めない。
「あとひと声!」
「う~っ、じゃあボヌール村の蜂蜜特大瓶ひとつ付けてくれたら、金貨1枚と大銀貨2枚」
「OK乗った! じゃあさ金貨1枚と大銀貨5枚プラス蜂蜜で良いから、ボールの他にあんたの手持ちのリネン布と糸を全部くれない?」
「おおおっ! リネン布と糸、全部だって!? そりゃちょっと酷い!」
唸る商人に、俺はちょっと譲歩してやる。
「悪いから蜂蜜を、もうふた瓶サービスで付けてやるよ」
「くうう、分かった! 分かりましたよ!」
俺が手を差し出すと、商人は苦笑しながら応えて握手する。
でも俺には分かる。
この商人だって、ある程度の利益は出るのだと。
これで、ウインウイン。
心置きなく交渉成立だ。
俺が目で合図をしておいたので、ミシェルとクラリスはにこにこしながら見守っていた。
ふたりとも、ボールに対する好奇心で目がキラキラしている。
朝の大空屋は、「さあ、何かが始まるぞ」っという予感に満ち溢れていたのであった。