第19話「楽園」
文字数 3,031文字
それは……あともう1週間だけ、テレーズをボヌール村で預かるという事。
但し、テレーズひとりではなく、オベロン様以下妖精軍団6名も一緒に村で暮らすという条件付きで。
俺の顔を暫しの間、じっと見つめた後……オベロン様は了解した。
多分、俺の提案の裏にある意図を読み取ったに違いない。
一方、滞在延長を聞いたテレーズは、素直に喜んだ。
優しくなった夫が了解したのなら安心。
加えて、一緒なら尚楽しい。
テレーズ自身も滞在延長はとても嬉しいし、願ってもない大歓迎って感じであった。
ちなみに俺は、義父であるジョエル村長の了解も取ってある。
別れを惜しんでいた村民達も当然喜び……こうして、テレーズをオベロン様達と一緒に、もう1週間だけ預かる事になった。
実は、オベロン様達にもテレーズと同じ扱いで滞在して貰う。
すなわち、この村を観光とかする『お客さん』にはしないのだ。
村の様々な仕事をしながら、普通に『生活』して貰う事になったのである。
『大好きなお姉ちゃん』が、もう1週間だけ居てくれる!
『衝撃の事実』を知った、我がお子様軍団の喜びようは尋常ではなかった。
テレーズに思いっきり飛びつくのは勿論、泣き出す子も出て来てもう大変。
テレーズが号泣したのは、もうお約束。
子供たちに嬉し泣きされたテレーズも、思いっきり貰い泣きしたからだ。
普段とは違うテレーズの姿に……
オベロン様は勿論、部下の妖精軍団は目が真ん丸になっていた……
ちなみにオベロン様の部下は戦士の男3名が護衛、後の女性ふたりはテレーズ付きの侍女である。
俺は考えた末に……
戦士3名を大空屋に宿泊させ、オベロン様と侍女2名は、テレーズと共に我が家でお世話する事にした。
これは良い事だと思った。
テレーズの普段の暮らしぶりを、夫のオベロン様に目の当たりにして貰えるから。
本当は妖精軍団を全員、我が家で面倒を見たかったが……
キャパの問題と諸事情があって、残念ながら折り合わずとなったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝……
ボヌール村の朝は早い。
その中でも我がユウキ家の朝は更に早い。
明け方の午前3時30分から遅くとも午前4時の間には、赤ん坊を除いて全員が起きる。
仕事の役割分担も決まっていて、各自がてきぱきと行動するのだ。
そして今迄は『見習い』だったテレーズも、オベロン様と侍女ふたりの『リーダー』となった。
起きたお子様軍団のケア、朝食の支度、後片付け、掃除、洗濯等々を先頭に立って仕切る……
家事に慣れている感じの、侍女ふたりはまだ良かったが……
オベロン様は対応出来る筈もなく、『あたふた状態』に陥っていた。
こうなると、歴史は繰り返される……
「はあ……余は駄目だなぁ……何も出来ないとは……」
やはりというか、オベロン様は酷く落ち込んでいた。
言葉遣いがみやびに戻るのも奥さんと全く一緒とは……
凄く『似た者夫婦』じゃないか。
またもや俺が、オベロン様を慰める。
「大丈夫! 王様が家事なんて、普通は絶対にやりませんって。いきなりこなせる方が変なのですよ」
「ま、まあなぁ……」
オベロン様、自分を無理やり納得させるように努力しているのが分かる。
そして、テキパキ働くテレーズを見て吃驚していた。
「しかし……ティーがあんなに変わるとは……普段のティーとは大違いだ」
「ティー?」
「ああ、ティーとは我が妻の愛称だ。オベとティー、そう呼び合っている」
「そうなんですか」
妖精王と女王が愛称で呼び合う……何か微笑ましくて良い。
ここで俺が、父として兄としてテレーズのフォロー。
「ボヌール村でのテレーズはとても優しいし、働き者、素晴らしいです。……あのお姿が本来の奥様なんですよ」
「そ、そうなのか……それにティーの奴、子供にもあんなに懐かれて……」
オベロン様の視線は、我がお子様軍団と共に洗い物に格闘する愛妻の姿から離れない……
傍らには手伝う妖精侍女ふたりと、我が嫁ソフィ、グレースの姿もある。
「うん、何か温かいな……」
ぽつりと呟くオベロン様。
目を細め、微笑み、感慨深げである。
「まあこれから1週間、村の仕事はきついかもしれませんが、奥様ともっともっと仲良くなって、惚れ直して、万全の状態で帰国して下さい」
俺がそう言うと、
「そうだな! うん、そうしよう」
にっこり嬉しそうに笑ったオベロン様。
「うんうん」と何度も頷いていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから1週間……
家事は勿論、畑仕事、大空屋の店番と店頭販売、そして狩りに魚釣り……
テレーズは張り切って、妖精軍団と共に働いた。
汗と泥に塗れて……
オベロン様達は徐々に仕事にも慣れて行った。
そして、労働の後の飯が美味いのも妻と一緒。
村の簡素な食事でも気に入ったらしく、美味しそうに食べ、一切残さない。
そして、オベロン様が殊の外喜んだのは、愛妻テレーズの手料理。
特にスクランブルエッグが大好物になったみたい。
お代わりを何度もする。
テレーズも夫が食べる姿を見て、満面の笑みを浮かべていた。
そうそう!
テレーズは例の『遊び』にもオベロン様達を誘った。
最初は戸惑っていたオベロン様達も、すぐに童心に帰った。
ケイドロを楽しむ妖精王夫婦って可愛い。
夫婦で仲良く追いかけっこや救出ごっこなんかして……もろに青春しちゃっていた。
だが、楽しい日々は、時間が過ぎるのも滅法早い……
あっという間に1週間が経ってしまった。
なんか名残惜しい。
だから、俺は嫁ズと相談、父ジョエル村長とも相談した。
何をって?
妖精軍団の滞在する最終日に、『送別会』を行う事にしたのだ。
会場は、大空屋を中心に村全部で。
そう!
どうせなら、おおがかりにやる。
俺と嫁ズの結婚式みたいに、村をあげて総出のお祭り感覚でやる事にした。
開始時間はお子様軍団を存分に参加させる為に、夕方早めから。
そして当日……
村中で食べて、飲んで、歌って、踊って……宴は長く続いた。
俺の従士達もさりげなく参加……
ああ、人間、元女神、元魔王、妖精、魔獣、妖馬、グリフォン……
種族は違えど、一緒に頑張って生活し、こうして楽しむ。
以前テレーズが言ったように、このボヌール村こそ、かつて神代にあった楽園かもしれないと感じる。
そして遂に、長かった宴もお開き……
護衛の戦士達は、今迄通り大空屋に泊まって貰い……
テレーズ、オベロン様と侍女ふたりは、やはり我が家で最後の夜を過ごす。
俺、最後の最後にやろうと思っていた事があった。
テレーズも、我が嫁ズ&お子様軍団と一緒に寝るっていうしグッドタイミング。
それは、全ての行事が終わってから……
オベロン様とふたり、男同士サシで飲むって企画。
事前にオベロン様へは伝えて、OKを貰っていたので、何の差し障りもない。
こうして、家族が全員寝静まってから……深夜……
俺は自分の私室へ、オベロン様を誘ったのであった。