第6話「リゼットの本音②」
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それは、間違いない。
ここで、真剣な表情から一転、俺は微笑む。
「ちなみに、レオの方だけど……多分、あいつは心配ない。口数が少ないけれど、俺やクーガーに対しても言いたい事は、はっきり言う。クーガーもやたら厳しいようでいて、ちゃんと話せば、分かってくれるような気がする」
無口な武骨タイプ……長男レオ。
彼のママは、超が付くスパルタ教育主義のクーガー。
レオを一人前の戦士兼狩人に育てあげる為、日々奮闘中……
このまま行けば、レオの将来は『ボヌール村の守り手』という事で、ほぼ決定となる。
クーガーの渾名は、何と、ドラゴンママ。
普段の言動を見ても、子供の希望など聞かない、問答無用な母親に見えるが……
だがレオに、もし……
戦う以外、他にやりたい事があったとしたら……
クーガーは、「ふん、関係ない! それでも私の言う事を聞き、戦士になれ!」などという、理不尽な強制をしないだろう。
悪戯に、愛する息子の『やる気』を、そいだりはしない。
しっかり筋が通れば、受け入れてくれるという確信が、俺にはある。
どうやら、リゼットも同じ考えのようだ。
「成る程……そう言われてみれば、私も旦那様の仰る通りだと……変な言い方ですが、性格こそ違えど本質的にクッカ姉とクーガー姉は同じ人……最終的には同じ判断をすると思います」
「うん、俺もそう思う」
と、言えば、ここでいきなりリゼットが、
「ねぇ、旦那様、ぶっちゃけ……私というか私達の本音をお話して宜しいですか?」
「え? 本音?」
「はい! 子供の将来絡みという大事な問題ですし、この際、本心で話します」
「分かった……思う存分言ってくれ」
「ありがとうございます! で、では……お話します」
リゼットはそう言うと大きく何度も深呼吸をした。
高ぶる気持ちを静めているようだ。
「……わ、私達、普通の人間からすれば、クッカ姉、クーガー姉は特別な存在だと思っています」
「おいおい」
「いえ、本当にそう思います。何せ、元女神様に元魔王ですから」
「…………」
「管理神様のお力で人間になったとはいえ、その力は絶大です。魔法使い、戦士としての才能は、常人とはかけ離れていますもの」
「まあ……確かにな」
「では、単刀直入に言います。……レベル99の旦那様も含め、3人に対して私達は……密かにコンプレックスを持っていると思います」
「え?」
「もっとはっきり言います。勇者級である旦那様達が凄く羨ましいのです。3人で一緒に村を様々な害悪から守る……とっても素敵ですもの」
「…………」
知らなかった。
日々明るく振舞うリゼット達が……
俺、クッカ、クーガーに対して、そんな気持ちを持っていたなんて……
「だから私達は反動と言うか、人生において心底打ち込めるもの……夢となるものを追いかけています。旦那様が昔からご存知の通り、私はハーブなのです」
「そうか……」
「はい! でも私が持つハーブの知識は、所詮クッカ姉に敵わない」
いつも前向きな普段のリゼットには珍しく、彼女は諦めたような寂しい笑顔を見せた。
出会って以来、俺に対し、……初めて見せる表情かもしれない。
「…………」
さすがに返す言葉がなく、俺は黙り込んでしまった。
リゼットの持つ複雑な感情を、はっきりと聞いたからである。
どんなに仲の良い家族でも……人間の気持ちって、感情って難しい。
「でも旦那様は勿論、クッカ姉とクーガー姉は人間が出来ています。私達が引け目を感じないよう、普段は力を押さえていますし、知識をひけらかしもしません」
リゼットは僅かに微笑む。
俺は、同意して頷く。
「ああ、ふたりは自分の力をかさに威張るような事はしない」
「ですね……それに私やクラリス、そしてミシェル姉はまだ良いんです」
「え? それってどういう意味?」
「はい、私達3人は明確な人生目標を持っていますから、まだ何とか夢を持って頑張れます」
「…………」
明確な人生目標……
リゼットはハーブ、クラリスは服と絵、そしてミシェルは商売……
だから、まだ何とか頑張れる……
しかし、あとの嫁ズは……って事?
「旦那様! 夢を持って生きるって大切なんです」
「…………」
「私達平凡な人間には……生きる上で心の拠り所は……励みになる支えは絶対に必要なんです」
「…………」
「私如き小娘が……生意気な事を言うようですが……レベッカ姉は一番辛いと思います。村一番の戦士を目指していますが……何せ、クーガー姉がライバルですから……オーガも簡単に圧倒するクーガー姉に比べれば……レベッカ姉は……」
確かに……リゼットの言う通りだ。
いくら戦士一番を目指しても、元魔王クーガーという壁は大きい。
その上、レベッカには以前オーガに襲われたせいか、大型の魔物に対するトラウマがある。
「ソフィ姉、そしてグレース姉もです。旦那様の居ない時に、女子同士で話したりもしましたが……この3人からは私が知るところ、人生において明確な目標を聞いた事がありません」
「…………」
「……今は子供が居るから良いけれど……手元から居なくなったら、心の張りがなくなってしまうと思うんです」
「…………」
「変な思い込みかもしれませんし、とんでもなくお節介のような気もしますが……私、心配なんですっ」
リゼットは叫ぶように言うと、俺をじっと見つめた。
目が少し赤くなっていた。
そうか……
子供が、もし独立しても……
レベッカ、ソフィ、グレースが生きる上で、心の拠り所になりうる事を……か。
え!
待てよ?
「ああ、そうだ、今、思い出した! グレースなら、王都で宿屋の女将代理を体験して、同じ仕事をしたいと言っていたぞ……あの時はやる気満々で凄い気合だった」
「グレース姉が? 良かった、そうなんですか……まあ、私が単に知らないだけなら良いんです。じゃあ、レベッカ姉とソフィ姉は?」
「う~ん……ふたりとも、何となく聞いた気はするけど……改めて話してみないと分からないな」
「ええ、話す必要、おおありです。旦那様から私のように本音というか……正直な気持ちを聞いて欲しいんです。ただソフィ姉は、ララの面倒は勿論、出産間もないグレース姉と、ベルの世話にもかかりきりだから……時間はまだあります」
「となると……」
「はい! 私達の考えは一致しています。イーサンと、彼をびしびし鍛える、レベッカ姉へのケアが第一優先です」
「だよなあ……」
「でもホッとしました。私が敢えて言わなくとも、旦那様もしっかり現状を把握されていましたので、とても安心しました」
「う~ん、安心は良いけれど……ただ気持ちを聞くだけではなく、何か、方法を考えないといけないな」
「ええ、そうですね…………」
妙案が出ず、考え込む俺に、難しい表情で見守るリゼット。
沈黙が暫し、支配した部屋に……
ぽん!
いきなり響いたのは、リゼットが手を叩いた音であった。