第36話「仕事に遊びに全力で」
文字数 2,388文字
「領主オベール様の息子だが、お客さん扱いにはしない。どんどん働かせる」
という俺の話に加え、彼が貴族らしからぬ低姿勢であった事が良かった。
「フィリップです。よろしくお願いします」
と、頭を丁寧に下げて、真面目に挨拶したのだ。
俺の家で暮らし始めてからも……
村内で会う人、誰にでも元気良く挨拶するし、いつも笑顔が絶えない。
屈託のない笑顔。
素直で、良く話を聞く。
貴族の子なのに、偉ぶったところが全くない。
加えて母親が、元村民のイザベルさんという繋がり……
そんなキャラクターが、村民全員の好感を得たようで……
すぐ老若男女問わず、気軽に話しかけられるようになった。
我が家に来た一番最初こそ、仕事をえり好みしたい雰囲気を
すぐフィリップは全てに対し前向きで、やる気満々となった。
掃除、洗濯、片付け、どんな雑用を命じられても……
俺や嫁ズ、村暮らしの先輩にあたるお子様軍団の指示にも従い、懸命に働いた。
中には、上手くこなせない仕事もあった。
だが……
大人には勿論だが、何と!
年下の子にさえ教えを請い、物おじせずにガンガン、チャレンジ。
労をいとわず、ひたすら努力。
苦手な事もすぐこなせるようになり、逆にどんどん上達。
オベール様似の不屈の精神、イザベルさん似の器用さで、全てを乗り切ってしまう。
というか、徐々に楽しみながら仕事をする事を覚えて行った。
結局、フィリップは最初の1週間で、完全に村へ溶け込んでしまった。
どうやらフィリップは……
村へ来て2日目に、姉ソフィと共にやった、我が家の末子ベルティーユの子守りで『開眼』したらしい。
自分にも出来るだけ早く欲しいと熱望する、可愛い『妹』の出現により……
ボヌール村で暮らす、最初の『張り合い』が出来て、『やる気』も出たようなのだ。
フィリップの、予想以上の頑張りを見た俺や嫁ズは、彼のオーバーワークだけを気を付けた。
何故ならば村では、働くだけではなく、遊ぶのも全力投球となるから。
そう!
命じられた仕事を全部こなしたら、フィリップはすぐ遊ぶ。
それも今迄にない、徹底した遊び方なのである。
そもそもエモシオンの城館におけるフィリップの遊びは、部屋でひとりが殆ど。
侍女の用意した紅茶を飲み、甘いお菓子を食べながら、静かに本を読むのが一番多かったという。
たまに父オベール様と狩りに行ったり、母イザベルさんに遊んで貰う事もあるが、頻度としては少ない。
というか滅多にない。
何故ならば、彼の両親がとても多忙だから。
少し前にジョエルさんとフロランスさんという、じいや&ばあやが出来て、少しだけ遊ぶ時間が増えたという程度。
フィリップは外で遊ぶ場所も、エモシオンにおいては城館の中庭……限定である。
そんな遊び環境も、ボヌール村では激変した。
広いとはいえ、一面に芝生の生えた、変化のないオベール家城館の中庭とは違い……
村の子供達の遊び場は、村の中は勿論、広大な畑と放牧地。
フィリップは、俺の子供達だけではなく、親しくなった村の子全員と遊ぶ。
思いっきり飛び跳ね、駆け抜ける毎日。
大勢の子供達だけで遊ぶという新鮮さに、フィリップは大感動。
たまに、俺達大人が混ざって昔遊びをするのも、とても面白がった。
そう、相変わらず村では、例の昔遊びが流行っている。
ケイドロ、だるまさんがころんだ等々……
殆どの昔遊びが、少人数より大勢で遊んだ方が楽しいから、尚更である。
こうなるともう、フィリップの体力は殆ど残らない。
村へ来た初日こそ、レオ達とおしゃべりして夜更かししたが……
2日目からは、「ばたんきゅ~~」
就寝、即爆睡状態であった。
2週目に入り……
村の暮らしに慣れたフィリップは農作業、そして大空屋の手伝いも始めた。
エモシオンの城館で暮らしていたら、両方とも絶対出来ない体験である。
日に焼け、泥にまみれて雑草をむしり、畑を耕す。
畑に居るいろいろな虫を見て大声で叫び、実った作物を両手いっぱいに収穫する。
放牧地に群れる鶏達に餌をやり、気の強い雄鶏の機嫌を損ね、追いかけられて吃驚。
鶏舎の巣にある、雌鶏の産んだ卵へ「そっ」と手を伸ばし、恐る恐る回収する。
仕事が終わり……
収穫した作物で、料理を作る事も楽しんだ。
まず火を起こす事、更にお湯を沸かす事も覚えた。
難しい包丁の使い方も、例に漏れず頑張って覚える。
フィリップが一番最初に作ったのは、サラダと野菜スープ。
パンを焼く手伝いもし、持ち帰った卵で、スクランブルエッグにもチャレンジした。
自分が食べる物を、自ら作り料理する事で、生きて行く仕組みを学んで行くのだ。
家族全員で摂る食事は楽しい。
我がユウキ家は、大家族だから尚更だ。
村の料理は、彼が城館で食べる『ご馳走』に比べて質素で素朴ながら、特別な美味さがある。
また……
大空屋で店番をする事で、世の商品と流通の初歩を知る。
接客も徐々に上手くなり、褒められて嬉しそうだ。
朝一番に声を嗄らして、村民へ大空屋の特製弁当を売りまくると、すっきりするのは昔の俺と一緒。
ちなみに「らっしぇ」という、大声の呼び込みは俺の直伝である。
……2週目の半ばくらいに「村の暮らしはどうだい?」と俺が聞いたら、
「ばっちりOK!」とばかりに、フィリップはにっこり笑った。
日焼けしている彼の口から見える、真っ白な歯はとても爽やかであったのだ。