第9話「いつか……笑って話そう」
文字数 2,718文字
俺、嫁8人、子供7人、大所帯の我が家は朝から戦場だ。
そして昨日からは、更にテレーズが加わっている。
厨房へ入って、食事の準備をしたい!
いきなり本人から希望が出た。
『メイン担当』のソフィとグレースが、手順をざっと説明。
テレーズは改めて気合を入れ、早速『戦い』へと赴いた。
今朝の厨房を仕切るのはミシェルだ。
いつもは優しいミシェルだが、時たま厳しくなる。
「宜しく!」と元気よく叫んで、突撃したテレーズだったが……
やはり……現実は厳しかった。
テレーズは自分で言う通り、本当に『箱入り』らしい。
連続して来る指示に対応出来ず、あたふたしてばっかり。
料理なんて最初からは無理だから、皿への盛り付けを命じられたのだが……
ソフィとグレースがフォローしたが……不器用過ぎた……
盛り付けさえも上手く出来ず、「傍らで見ていて」と言われてしまう……
ずっと右往左往しっ放しで、終いには、「邪魔だから動かないでじっと隅に居て」と言われる始末……
周囲の勢いに流されて、完全にお客さん状態。
ただ厨房に居ただけ……
それが当人には、とてもショックだったようだ。
準備が終わって、朝食を食べる際も、ぼ~っとしてずっと上の空だった……
そんなテレーズを促して、食事をさせたのがソフィとグレース。
テレーズは食べ方さえも分からず、最初から教えられている。
さすがに身体を動かしたから、お腹は空いていて、料理は美味そうに食べてはいたけど……
食後の片付けも、皿が上手く洗えずに戸惑いの連続。
結局何も出来ず……またも厨房の隅っこで俯き、嘆いていた。
「ううう、
「おいおい、テレーズ、言葉遣いが元に戻ってるぞ」
「ううう……ダメじゃあ、妾はぁ、ダメなんじゃあ……あうあう……」
俺の注意が全く耳に入らないくらい、テレーズは落ち込んでる。
見れば、彼女の目には涙が一杯溜まってる。
「テレーズ、気にするなよ、これからだ」
「…………」
俺が慰めても、下を向いたままだ。
と、その時。
「テレーズ、私も同じだったよ」
「そうそう、私も。最初は失敗ばかりでしたよ」
傷心のテレーズへ声をかけてくれたのは、『メイン担当』のソフィとグレースである。
しかしテレーズはまだ俯いたままである。
ソフィとグレースが声を掛けたのに、視線も合わそうとしない。
しかし、ソフィ達はめげない。
さっきテレーズを起こした時と一緒なのだ。
根気よく説得する。
「テレーズ、私なんか村へ来た初日は厨房にも入れなかったよ」
「私も初日はずっと見学です、厨房の外からね。後でソフィが慰めてくれました」
「え?」
「1か月ずっと、皿洗いしか出来なかった」
「うん、料理なんて全然、自分が本当に情けなかったです……」
「…………」
「聞いて、テレーズ。初めてチャレンジした料理だって……私はスクランブルエッグだったけど、真っ黒に焦がしちゃって……旦那様だけは笑って食べてくれたけど」
「そうよ、私なんか紅茶でさえ、凄く濃く淹れちゃって、苦くて飲めなかったですわ……旦那様だけはニコニコして飲んでくれましたけれど」
うん、ふたりとも確かにそんな事があった。
今となっては懐かしい。
ふたりの失敗談を聞いて、とうとうテレーズは、反応した。
信じられないコメントに、驚いているのだ。
俯いていた顔をパっと上げて、目を大きく見開いている。
「え? そ、そんな……う、嘘じゃろう?」
テレーズが驚くのも無理はなかった。
だって、ソフィもグレースも料理の手際が凄く良い。
元貴族で、料理の経験が皆無とは思えない。
傍で見ていただけのテレーズは、驚きの連続であったから。
出来上がった料理も……抜群の美味しさだった。
「嘘じゃないよ、ねぇ、グレース姉」
「はい! 私も村へ来た当初は全然ダメでした。その時ソフィちゃんは、もう家事は完璧でしたけど、最初は私と同じだったって聞いていますよ」
「何と! そなた達、ふたりがか? 先ほど作った料理は、とても美味しいのに……そんな失敗を? 妾の王宮の料理長にも負けない味なのにか?」
「料理長にも負けない? うふ、とっても光栄ね」
「うん、そうね! テレーズちゃん、それ最高の誉め言葉ですよ」
微笑むソフィとグレース。
そして、
「私達、この村へ来るまでは使用人に全部やって貰っていたから、料理の経験なんてゼロよ、ねぇグレース姉、そうですよね?」
「そうですよ! お皿でさえ、一回も洗った事なかったですしね」
「ほ、本当か!? お前達も家事を使用人に任せていたのか? 皿も洗った事がなかったのか?」
口をぽかんと開けたままのテレーズへ、ソフィーとグレースは拳を振り上げ鼓舞する。
「そうよ! どんまい、どんまい、テレーズ!」
「貴女は、まるで昔の私達みたいよ」
「そうか、そうなのか? ならば、わ、妾と一緒じゃ! 全て一緒じゃな!」
ソフィとグレースに励まされたテレーズが、狂喜乱舞してる。
小さな身体をぴょんぴよんさせて、喜んでいる。
テレーズに笑顔が戻ったので、ソフィとグレースも嬉しそうに笑う。
「貴女は私達が村へ来たばかりの頃と同じ。懐かしいわ、毎日毎日失敗の連続だったもの」
「ええ、開き直りましょう! 私達も今、思い出せば懐かしいですよ。これからですよ、テレーズちゃん。いつか、こういうふうに笑って話せる日がきっと来るわ」
ああ、俺、心にしみる。
ふたりの経験に裏打ちされた、『真実の言葉』だからね。
テレーズも……「心にしみた」らしい。
「グレース姉と一緒に教えてあげるから、大丈夫、怖くない。これから3人でレッツチャレンジよ」
「うふふ、慣れればあっという間に上手くなるから、安心して。ソフィーと一緒にばっちりフォローしてあげるから、3人で頑張りましょう!」
更にソフィ、グレースが励まして、もう大丈夫。
テレーズの目がキラキラして来る。
未知の期待への、ワクワク感が満ちている。
「あ、ありがとう! 元気が出たぞ! 妾もきっといつかは、今日という日が懐かしいと、笑って話せるようになるな! ソフィ! グレース! ケンもありがとう!」
立ち直って礼を言うテレーズは、とても晴れ晴れとした表情をしていたのであった。