第9話「ありがとう!」
文字数 3,041文字
『悲喜こもごも』といえる……
嬉しい事、悲しい事、貴重だと思える事、一見どうでも良いと思える事等々……
でも、改めて思った。
やはり、無駄な経験はないって。
所詮ボヌール村地域限定、『ローカル勇者』な俺。
だけど世界を滅ぼす大魔王を倒すような、『メジャー勇者』にも、劣らない経験をしていると思う。
今回、管理神様から『神』になる事を命じられ、異世界転生初心者のサキをサポートするにあたっても……
これまでの、様々な経験が活きると思う。
そして今回は実際、そのくだらないと思える経験が活きたのである。
転生者のサキにとって、初めて経験する異世界の町は、驚きと戸惑いの連続だった。
やはりというか、予想はしていたが、サキはまず『異世界流ナンパ』の洗礼を受けたのだ。
王都旅行の際……レベッカがナンパ、俺が逆ナンされ……
宿泊した白鳥亭において、夕食時にアマンダさんと笑い話レベルで雑談をしていた時の事。
ナンパされた経験が豊富な? 美人女将アマンダさんから聞いてよく分かったが……
そもそも、こちらのナンパはストレートである。
男達は、「最初はキスから、その次は優しく抱き締めて……」なんて遠慮を全くしない。
隙あらば、女を無理やり押し倒し、強引に抱こうとしている。
ここルトロヴァイユの町で、声を掛けて来たナンパ男も、全く同じであった。
そんな事実を知らないサキは、ナンパ男の甘い言葉に乗せられ、「食事くらいなら」とついて行きそうになった。
ここは西洋風異世界……
外人のナンパ男が、モデルみたいに格好良く見えた事もある。
幻影状態な神である俺よりも、頼れる現実のイケメン男と友達になりたかった事もあるだろう。
確かに俺だって、新たな人生を踏み出した、サキの恋路を邪魔したいとは思わない。
極めて可能性は低いが……
ナンパ男がもしも真面目なら、黙って見守るつもりだった。
しかし俺が気になって、サキを熱心に誘うナンパ男の心を読むと……
奴には……大勢の仲間が居た。
ナンパ男は、そいつらと共謀して、とんでもない悪事をたくらんでいる事も明らかになったのである。
更に心を読んで、奴らのあくどい手口もばっちり分かった。
ナンパ男が言葉巧みにターゲットの女を連れて、奴らの巣食う『アジト』へ誘い込み、狼のように集団で襲うのだ……
当然と言うか、奴等には散々『余罪』がある事も判明した。
もし露見すれば、この世界では『斬首確定』のとんでもない重罪になる行為であった。
「治安が良い」と言われる町でこの始末。
王都を含め、他の場所も似たようなものなのだろう。
で、あればこの世界の『神』である俺は容赦しない。
悪・即・斬、決定だ!
姿が見えなくとも、効果バッチリな『戦慄』のスキル。
俺は、ナンパ男を「びびらせて」退散させると……
逃げるナンパ男の気配を追尾し、奴ら悪党のアジトを突き止めた。
奴らの『処理』をどうするのか?
少し考えた俺は、良い事を思いついた。
この世界にも、竜やオーガなど、魔物が跋扈する北方の『魔境』はお約束として存在していたから……
その『魔境』へ奴ら全員を、速攻、転移魔法で送ったのである。
こうして、ナンパ男一味は……
いきなり、ルトロヴァイユの町から行方不明になった。
否、行方は不明ではない。
すぐに喰い殺されて、確実にオーガか何か、魔物の腹の中へ直行するだろう。
奴らはもう二度と、この町には戻らない。
『神』の俺が下したのは、まさに天罰。
犯した悪事の報いに、地獄へ堕ちてしまえ。
結局、俺にギリギリのところで守られて、サキは不運に見舞われなかった。
皮肉にも、王都において、俺とレベッカがナンパされた経験が活きたのである。
さてさて、
俺が凶悪なナンパ男を退けた後も……
サキは、ず~っと「おろおろ」していた。
元々、ルトロヴァイユの勝手が分からない上……
俺から、ナンパ男の『罪状』を知らされたから、怖くなってしまったようだ。
すっかり怯えてしまい、通行人へ道も聞けない。
加えて、緊張しまくっているから、サポート神の俺に相談する事さえ忘れている。
こうなったら仕方がない。
「サキの自主性を育む為に」と見守っていた俺は、幻影状態で浮かんでいた空中から、地上へと降りた。
『ケ~ン……助けて』
混乱状態のサキは、もう半泣き状態である。
俺は、にっこり笑って、
『大丈夫だ、俺についてこい』
そう言って、サキを守るように先頭に立ち、ゆっくり歩き出したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『はぁ……疲れた……』
サキは大きくため息をつくと、宿屋のベッドに寝転がった。
俺の案内と指示により、そこそこのレベルで安全な宿屋にチェックインしたサキは、完全に脱力していた。
『お疲れだったな』
俺が労わって声を掛けても、
『…………』
無言で、力なく俺を見るだけである。
時刻はもう午後4時を過ぎていて、夕方となっていた。
そういえば、昼から何も食べていないサキは、超が付く空腹の筈だ。
なので、
『腹減ったろう? 暫く休んだら、飯食いに行こう』
と、誘っても……サキは首を左右に振る。
『良い……ご飯いらない……食べたくない……』
『おいおい、サキ。食べないと、生き抜けないぞ』
『生き抜けなくて良い……もう嫌なの……私、死にたい……』
『……よし、じゃあさ、最後に美味い飯、食ってから死ぬか?』
俺のきつい物言いを聞き、サキは「ムッ」としたらしく、口を思い切りとがらせる。
優しく慰めてくれると思った相手が、とんでもない事を告げたからだ。
『何、それ?』
『俺、何か言ったっけ?』
『言ったわよ! 死ぬか? なんて……サポートしてくれる神様が、言うべき言葉じゃないわ』
『いやいや、それはお前に元気を出させる為の、言葉のあやって奴だ』
『何があやよ! ケンなんか、大嫌いっ! い~っだ!』
サキは怒って「べ~っ」と、舌を出した。
ああ、良かった。
少しは元気が出たみたいだ。
『でもさ、サキ……折角、俺がこの宿調べてやったのに、お前がすぐ死んだら無駄になるだろう?』
『はぁ? 死んだら無駄になるって、何よ!』
おお、反論するサキの目と口調に、もっと力が戻って来たぞ。
あと、もうひと息だ。
『まあまあ、落ち着け。この宿の夕飯はさ、結構な味なんだぜ。騙されたと思って食べてみろよ』
と、その時、ナイスタイミング。
ぐ~…………
サキのお腹が、盛大に鳴った……
思わず俺が、「にやっ」とすれば、サキは真っ赤になって俯いてしまう。
『…………』
『ほれほれ、身体は正直だぜ』
『もう! その言い方、すっごくいやらしいわよ! ケンのえっち!』
サキは怒って、口を尖らせているだけではなく……
頬まで栗鼠のように、大きく膨らませていた。
しかしすぐ、思い切り息を吐きだし、頬を元に戻す。
そして、
『あ、ありがとう! ケン!』
俺に向かって、少し照れたような表情で、サキはしっかり礼を言ってくれたのであった。